鹿島美術研究 年報第20号
88/116

以上のように奈良時代貴顕の阿弥陀如来造像を当時の阿弥陀信仰の性格から新たに見直そうとする本研究により、いままで日本彫刻史研究の分野で立ち遅れ気味であった仏教彫像の宗教的機能や信仰的背景の検討という重要課題について、その一端が明らかになろう。本調査研究の出発点としてまず注目すべきは、光明皇后の信仰に直接関連するいまはなき法華寺阿弥陀浄土院の本尊であり、亀田孜氏が指摘したように法華寺に伝わる平安時代の阿弥陀如来画像は、この阿弥陀浄土院の本尊を写したものと思われる。重要なのはこの画像がやはり『陀羅尼集経』様の説法印で描かれている点であり、それゆえ阿弥陀浄土院の本尊も『陀羅尼集経』様の阿弥陀像であったことがわかる。このことから皇后の阿弥陀信仰のなかに『陀羅尼集経』様阿弥陀像成立に関わる重要な思想が含まれていた可能性が大いに考えられるのである。その点で興味深いのは問題の説法印を説く同経巻二の「阿弥陀仏大恩惟経」中で、この説法印に関係すると思われる阿弥陀仏輪印の修法が記され、そこに日々の供養に数珠を用いることで自己の滅罪と浄土往生が得られるという功徳が強調して説かれていることである。これは私がすでに論じた数珠と光明皇后の阿弥陀信仰との関係をさらに具体的に考察する糸口になると思われる。⑯ 中世絵画に描かれた〈異装〉の研究研究者:東京大学大学院総合文化研究科博士課程永井久美子本研究は、『年中行事絵巻』における〈異装〉の人々の描写に対する分析が従来研究では不十分であったことに対する疑問から発して、く異装〉の人々を描くという行為とその視点の在り様を考察することに端を発している。『年中行事絵巻』以外にも〈異装〉の人々が描かれた絵画は多数あるが、〈異装〉がどのような場面において登場し、いかに描かれているかという視点からアプローチすることによって、作品を読み直すことが可能となり、また、〈異装〉のもつ非日常性と、「身を飾る」という行為における祭と戦との共通性という点についてく異装〉という視点から作品を横断して考察することは、個々の作品研究だけでなく〈異装〉のもつ意味について明らかにすることにつながるであろう。本研究における分析の対象は中世の絵巻物が中心となるが、〈異装〉の描かれ方とい-62

元のページ  ../index.html#88

このブックを見る