鹿島美術研究 年報第20号
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⑩ 第二次大戦前後の日本におけるルネサンス言説研究者:東京芸術大学非常勤講師谷口英理第二次大戦下における美術ジャーナリズムを概観すると、同時期の日本の美術界でルネサンスに対する関心の高まりが見られることに気が付く。このルネサンス・ブーム状況は、同時代の思想・文学・歴史などの他の分野にも見られ、先行研究でもすでに指摘されている。しかし、美術界におけるルネサンス・ブームについてはほとんど顧みられていないのが現状である。他分野の先行研究でよく採り上げられる羽仁五郎・林達夫・渡邊一夫・花田清輝などによるルネサンス研究は、マルクシズムや人民戦線運動との関わりで捉えられ、論統制下における時局への「抵抗」としてのみ理解されることが多かった。ところが美術界におけるルネサンス・ブームの状況は、そうした「抵抗」という文脈とは異なっているように思われる。美術界では、特にイタリア・ルネサンスヘの関心が高く、中でもレオナルド・ダ・ヴィンチが最も注目を集めていた。それらをめぐる言説は、明らかに同時期の日伊同盟関係や米英仏等「敵性文化」排除の動向を反映したものである。こうした状況は時局への「抵抗」というよりむしろ「迎合」という方がふさわしい。さらに、レオナルド・ダ・ヴィンチ流行の中心イベントである「アジア復興レオナルド・ダ・ヴィンチ展覧会」の図録を見ていくと、レオナルドをはじめとするルネサンス期の「万能の天オ」が、目下進行中の「総力戦」の象徴として捉えられていたことがわかる。さらに同展図録テキストを分析すると、ルネサンスは未曾有の「転換期」として捉えられており、それが「大東亜戦争」下の日本に重ね合わせられていることも判明した。このような発想には、同時期の日本で盛んに叫ばれていた「近代の超克」や「世界史の哲学」などと重なる要素を見出すことができる。美術界のルネサンス言説が「近代の超克」・「世界史哲学」の主張と重なる以上、文学や思想、歴史学など他分野のルネサンス・ブームも単純に「抵抗」という要素だけではないことも確かである。したがって、隣接他分野のルネサンス・ブームの状況についてももう一度見直さなくてはならないだろう。本研究では、まず、すでに進めている戦時下のレオナルド流行に関する研究をさらに発展させる。その上で、美術界のルネサンス言説を整理し、同時代日本の様々な分野におけるルネサンス・ブームとの関わりを検証することが目的である。66 _

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