鹿島美術研究 年報第20号
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音菩薩を春日四宮の本地・十一面観音として描いたと目される作例を取り上げ、観音信仰と春日信仰の習合に着目し、観音菩薩の中世南都における宗教的位相にも迫れればと思う。本研究を通じて、多様な側面を有する観音菩薩の中世南都における意義が明かにできるとともに、観音菩薩をめぐる宗教ネットワーク、あるいはそれらを制作する工房システムなどを具体的に描き出すことが可能となるであろう。⑯ 初期雲谷派における草体山水図の研究研究者:山口県立美術館専門学芸員荏開津通彦本研究は、毛利藩御用絵師である雲谷派、とくに初期雲谷派における、草体山水図の展開について考察することを目的とする。従来の雲谷派研究においては、楷体の山水図における画風の継承及び展開の分析が主として行われ、溌墨技法を用いた山水図の様式分析は副次的な研究対象としてやや軽視されてきたように思われる。この、雲谷派研究における楷体山水の重視という傾向は、楷体山水の方が草体山水よりも作例が多く、実際に雲谷派の主要な作画形式であると目されることによるのであろうが、さらに、雲谷派の流派としてのアイデンティティの源である雪舟等楊の画業に対する、近代以降の美術史研究における評価、つまり楷体(夏珪様)を中心とする評価にも原因があるように思われる。しかしながら、玉澗様あるいは溌墨技法は、作例の多募という次元を超えて、様々な局面において雪舟の画業に深く関わっており、きわめて重要な研究対象であるものと判断される。そして、雲谷派における草体山水図も、主要な作画形式であるか否かという問題とは別に、雲谷派の画風の形成・展開および、その特質の分析に欠かせない対象であるものと思われる。本研究は、以上のような観点から、雲谷派、特に等顔、等益、等爾などの、初期雲谷派における草体山水画風の展開を分析し考察を加える。各画人の現存作例の確認、様式の分析、他派の画人の作例との比較や影響関係の考察を行い、さらに雪舟受容の観点からの検討と、享受の様相の変化の検証を通して近世の美意識と漢画様式の推移について考究する。72 -

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