ー一版本による普及と大名による愛好を中心に一一—研究目的の概要① 沈南頻画風の流行と受容について研究者:千葉市美術館学芸員伊藤紫織沈南頻画風の流行については、戦前に京都恩賜博物館で行われた展覧会にもとづく『長崎派写生南宗名画選』が出版されたが、沈南頻研究の一環としての扱いが長く続き、近年ようやく安村敏信氏、成澤勝嗣氏らによって研究がすすめられているところである。その成果が神戸市立博物館で行われた「花と鳥たちのパラダイス」展(1993)などであるが、画家や作品数が多く、一部の画家(宋紫石など)を除いて、掘り下げた研究がなされているとはいえない状況である。南頻スタイルの画技をよくした大名については成澤氏もすでに「花と鳥たちのパラダイス展」で注目しとりあげているが、成澤氏が言及したよりも更に多くの大名や高位の武士たちが沈南頻画風の画を残している。またそれら大名相互のネットワークについては、申請者らの調査研究によって、俳諧や血縁・婚姻によるつながりであることがようやく浮かび上がってきたところであり、解明の余地は多い。特に『宴遊日記』に絵画活動を追うことができる大名柳沢伊信らと彼を中心とするネットワークについて明らかにし、宋紫石・紫山親子と柳沢伊信ら大名と森蘭斎と戸田忠翰ら大名とのかかわりについて調査をすすめる。版本については、浮世絵派の版本研究が先行しており、それ以外の分野の版本研究は重要性が認識されながらもあまり進展していないのが実情である。そのため、宋紫石『古今画叢後八種』『古今画叢後八種四体譜』・森蘭斎『蘭斎画譜』『蘭斎画譜後編』の現存諸本を書誌学的に比較検討し、出版の経緯を考察しようとする本研究は初めての試みであり、意義あるものといえよう。本研究は、江戸時代中期に中国文化への傾倒が端的に表れた南蕨派の隆盛と南禎スタイルの流行について、特に版本と大名に注目して掘り下げることを目的とする。-31 -
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