鹿島美術研究 年報第21号
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⑯ 宮廷和様屏風図様の継承過程の研究研究者:神奈川県立歴史博物館主任学芸員相澤正彦本研究の意義は二つある。一つは、近世の和様屏風の少なくない作例が、中世の宮廷絵所の作例を典拠としたものとなれば、近世においても、中世の絵所作品の図様が、宮廷の故実を具備した権威的な者とみなされて、尊重、継承された傾向が窺われてくる。それが伝統的な物語を主題とする物語絵、また伝統的な行事を描く祭礼絵などに顕著に表れるのは当然のことであろう。このような視点の設定は、これまで漠然と近世物語図屏風ーなどとわれ、ひとくくりにされていた作品が持つ、様々な意味や機能を把握する上において、大きな指標になり得るものである。併せて、16世紀から17世紀へかけての美術作品における、時代を超えて通底する視点も呈示することができよう。もう一つは、中世末から近世へかけての土佐派の位置付けである。昨今では、土佐派が衰退するのみであったとする従来からの見方は是正されつつあるものの、狩野派一辺倒の画壇史を説くものも未だ多い。しかしこのような故実的・伝統的な図様の信頼性は土佐派作品にこそ付与されたという事実が実証されるならば、これら図様を中世末期に創成したとみなされる土佐光茂、それを継承した光吉の存在は看過出来ないものになってくる。ここにおいて土佐派の大きな存在意義といったものが改めて見直されてくるわけである。⑰唐代山水画の主題に関する研究ー一神仙山水と樹石画を中心に一研究者:財団法人黒川古文化研究所研究員竹浪中国の山水画が唐時代において著しい発展を遂げたことは、晩唐の張彦遠『歴代名画記』が盛唐の呉道玄や李思訓、李昭道によってなされた山水画の変革「山水の変」や中唐における樹石画の発達を説くことからも広く知られている。それらは続く五代、北宋以降に山水画が中国絵画の最も中心的な画題となってゆく基礎となった。けれどもそのような唐代山水画の作品のほとんどは度重なる王朝の交代とともに失われ、現在では発掘された墳墓の壁画や敦燻の仏教壁画の背景描写、我が国の正倉院に伝えられた工芸意匠などにその片鱗を留めるに過ぎない。遠-45 -

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