鹿島美術研究 年報第21号
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本研究の意義は、このような限られた現存作例のみでは十分に把握し難い唐代山水画の具体的状況を文献資料を併用し、その描かれた主題内容に焦点を当てることで明らかにするところにある。唐代詩文集などに残された山水画に関する文献情報を主題ごとに分類し、そこから抽出された問題点を、調査によって得られた現存作例の情報も踏まえつつ解釈することで、この時代の山水画に何が描かれ、どのような思想や信仰が込められていたのか、また、それらがどのような状況のもとで制作、鑑賞されていたのかを解明する。考察にあたっては、特に唐代山水画における特徴的な主題である神仙山水と樹石画の二者を中心に扱う。神仙思想に基づく不老不死の仙境を題材とした神仙山水については、既に申請者は、唐時代に流行していた海図という画題について研究を行い、それが蓬莱山などの東海の仙山と密接に結びつくものであり、当時の神仙山水の一部を占めていたことを指摘した。今回は視野を神仙山水全体に広げて考察を行い、玄宗朝を中心とする道教信仰や唐時代の美術工芸における吉祥性との関連にも着目する。また樹石画については、描かれる松や柏が高潔さの象徴であったことから中唐以降、科挙により政治の中心を担い始めた文人官僚層が制作、受容の主体となっていった状況を考察したい。以上、本研究は主題面からの考察によって、唐代山水画の具体的状況を解明するという中国絵画史研究上の本質的な課題に答えるものであり、その成果は、五代、北宋以後の山水画や我が国の奈良、平安絵画を研究する上での基盤ともなるなど東アジアにおける山水芸術を考察する上で不可欠の価値を有している。⑱ アジャンター後期石窟における天井画の研究研究者:名古屋大学大学院文学研究科博士課程後期アジャンター壁画を石窟寺院の構成要素の一つとして捉え、従来の先学の研究に多かった説話主題や場面解釈だけではなく、壁面の規模と物語表現という観点から構図や人物・モティーフの描写の特質などを分析し、それらの分析から各窟の工房のあり様を明らかにしようと研究を進めている。これまでの壁画研究を通して、天井画が決して説話図や尊像画を主とした側壁画とかけ離れたものでなく、むしろ側壁画と密接46 -福山泰子日本学術振興会特別研究員(DCl)

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