とはきわめて少なく、体系的な研究はなされているとは言い難い。フランス語文学の起源は9世紀まで遡ると考えられている。さまざまな社会的な状況を背景にして、12世紀以降、フランス文学は飛躍的な発展を遂げる。13世紀、14世紀以降に制作された数々の世俗写本が現存している。こうした世俗写本の中には、その装飾について個別研究がなされているものがあるにしても、世俗写本全体を体系的に取り扱った研究はまだなされていない。こうした世俗写本を網羅的に研究することはジャンルの多様さやその膨大な量からして容易な作業ではないが、世俗写本挿絵の体系的研究の足掛かりとして、アンジュー公ルネが著した『愛に囚われし心の書』を中心に寓意物語の系譜をたどりたい。申請者は、ここ数年来、15世紀のフランス絵画を代表する装飾写本『愛に囚われし心の書』の挿絵を研究の対象としてきた。アンジュー公ルネが著した『愛に囚われし心の書』は『薔薇物語』に始まる当時の文学ジャンルにおいて支配的であった寓意物語の系譜に連なるものであり、連綿と連なる長い伝統の一端を担うものである。だとすれば、世俗装飾写本が、宗教写本の影響を大きく受けていることが間違いないとしても、世俗写本の装飾の系譜も存在していると考えてもよかろう。今後より観点を広げて、当写本の成立の過程をも研究対象の射程に納め、当写本をフランス世俗写本の美術史的発展の中に位置づける必要があろう。世俗写本装飾に焦点を当て、発展史的なパースペクティブで考察する試みはこれまでなされていない。この研究が今後の世俗写本装飾の体系的な研究の一翼を担うことになればと考えている。⑳ 寛文期を中心とする江戸狩野派による〈歴史画〉に関する考察研究者:学習院大学大学院人文科学研究科博士後期課程松島寛文年間を中心とする徳川家綱政権期は、文治政治の黎明期とされるが、同時に幕府主導のもと、独自の文化伝統を構築していこう、文化の世界も統御していこうという意図も現れるようになる。幕府によるこの文化再編事業のなかで主導的な役割を担ったのが儒官を務めた林家であるが、そこには好学の大名や学者、芸術家、出版業者らが集まり、一種の文教サークルが形成される。そこはまた、彼らの文化的営為を反映した新しい絵画ジャンルや主題が編み出される絵画創造の場でもあったが、そこで仁58 -
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