鹿島美術研究 年報第21号
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―イタリア中世コムーネの「自己表象」の分析と考察ー一—⑮ 14世紀パドヴァのパラッツォ・デッラ・ラジョーネの壁画表現博物学を好んだ大名や本草学者らによって多くの転写図が描かれたほか、魚類図譜についてはその精密さから幕府に献上するという異例の扱いを受けている。この献上本とほぼ重なる内容の「衆鱗図」は農富な内容に加え、精緻な描写や魚鱗への金銀箔の使用、盛上げ彩色や切抜きによる立体的な表現など、独特の表現技法で仕上げられている。これらの図は、博物図譜としての科学的な情報を含みつつ、鑑賞画としての性質も充分に備えるものであり、その目的を具現化するために箔の使用や切り抜きといった独特の表現技法が生み出されたと考えられる。このような図譜の影響で、魚鱗に箔を用いるという表現技法に主眼をおいて描かれたと考えられる魚図が数件確認されており、博物図譜を描くために考案された技法自体が、新たな絵画作品を生み出す契機となったことが考えられる。以上のような例から、松平家図譜の表現技法に関する研究は、美術史上に新たな事例を加える可能性がある点で意義深いものと考える。また、未研究の博物図譜が膨大に存在することを考慮すれば、松平家図譜の具体的な研究成果は、今後、博物図譜研究を進めるうえでも大いに利用され得るものと考える。研究者:千葉大学大学院社会文化科学研究科後期博士課程本研究は、コムーネがその体制を維持するためにどのように自己を顕彰したかという問題を、公共建築空間を装飾する壁画の分析、考察を通して明らかにするものである。西洋都市の公共建築、特にその建築空間を装飾する壁画は、その都市の存在の正統性を周囲へ顕示し目に見えるかたちでメッセージとして伝え残すものである。ゅぇにその壁画は、都市国家の文化および政治上の理念を体現しているものと理解できる。このような社会史的視点から公共建築空間の壁画を解読する研究方法は近年主流を成しつつある。しかしながら考察の中心とする、北イタリアのパドヴァに残存するパラッツォ・デッラ・ラジョーネと呼ばれる14世紀のコムーネ時代に建設された市庁舎兼裁判所の壁画の解読は、重要性が指摘されながらも進捗していない。その原因として、まず保存状態が良好ではなく、後世の補修箇所も多いため、美術作品としての重要性田加奈子-60 -

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