3点を並行し、総合的な研究を行うのが目的であるが、それぞれに興味深い展開が予―1910年代半ばから1920年代の日本油彩画における光沢の表現をめぐって—マとして先学たちに研究されてきた。しかしながら、従来、西域の役割を単なる「通路」として軽視する傾向があったために東アジアの仏教図像はインド影響と中国起源の二つに分けて捉えられ、結果的に誤った理解が通説化していたり解釈不能のまま棚上げされていたりといった悪弊が生じている。西域美術の位置付けをもう一度見直し詳細に検討を行うことは、広く仏教美術史全般に対し、価値あるものと考えている。今回申請の研究には大きく分けて三つの方向性が含まれる。まずは、西域壁画のモチーフのうち理解の難しい図像を再検討すること。次に、中国美術のモチーフから西域起源の要素を抽出し、図像の意味付けがどのように変化しているのか考察すること。に西域美術の多様なモチーフが、具体的にそれぞれどこから来たかの考証。これら想される。モチーフの図像解釈を進めていく過程で、画題不明の説話図などについてもある程度の示唆が得られるのは確実であろうし、また寄進者像の風俗など西域の固有文化の一端が見えてくるかもしれない。同時に、西域に基点を置いて東西両方向へ目を向けた研究は、図像の起源について意外な知見をもたらす可能性を秘めていよう。こうした様々な展開は、多少予定を外れても逐ー探求していく積もりでいる。ある程度の「脱線」を覚悟の上で、総合的な基礎研究として今回の研究を位置付けている。⑮物の質感の表現について研究者:東京文化財研究所研究補佐員小林未央子近年、日本の近代美術研究では、制度史的視点による目覚ましい成果がみられる。また、詳細な資料の積み重ねによって、ある団体や事象の動向を論じたものも多い。しかしその一方で、作家がつくり出した作品に立ち戻る研究も現れてきている。本研究の目的は、特定の団体や運動に限定されないでそれらを横断的に見渡す立場から、すなわち複数の文脈を立体的に扱うことで、これまでには指摘されていない作画の傾向や動機を指摘することである。1910年代半ばに、草土社時代の岸田劉生は、細密描写によって土や磁器を画面上に再現するかのように描いた。画業の初期において岸田の影響を受けた小出楢重は、裸婦の肌理を表すために、作品を見る者の触覚を誘うように描き、静物画においても触62 -
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