民のアイデンティティーを表明する役割を担ってきた。本研究でも取り上げるフィンランド館も例外ではなく、この背後には、当時独立国家ではなかったフィンランドにも自負すべき独自の文化があることを主張するナショナリズム思想がある。支配国であるロシアがフィンランドに対してロシア化政策を進める中、カッレラの芸術はフィンランドのアイデンティティーを表現するものとして構想され、人々はそれをフィンランドらしさの表出として受容した。美術において集団のアイデンテイティーを表現するという行為は、今日に至るまで方法や形態を変化させながらも継承されている。EUやグローバライゼーションといった社会的な動きにともなう各国や各地域の均質化傾向の中、今日改めて地域文化の多様なあり方が問われており、未だに集団のアイデンテイティー表現は重要なテーマである。20世紀後半以降フィンランドのデザインは、機能的でありながら簡素な美しいフォルムを有するとして世界的に注目を集めてきた。そのような一見フィンランドのアイデンテイティーとは無関係に見える今日のフィンランドのデザイン分野も、実は、19世紀末から20世紀初頭のカレッラの試みと通底している。本研究は1900年のパリ万博におけるフィンランド館に焦点を当てるが、実質的にはフィンランド美術史の誕生から黄金期と呼ばれる時期の作品を分析するものであり、フィンランド美術を初めて本格的に本邦に紹介する研究となる。この研究の後、フィンランドの現代美術について調査し、フィンランド美術がどのような理念のもとで発展してきたのか、その全貌を明かにしたいと考えている。⑰ 近世初期風俗画の図様継承をめぐる諸問題研究者:東北大学大学院文学研究科助手畠山浩一宗教絵画や物語絵画と異なり、通常、作画の具体的なもととなる文字テキストを持たない風俗画という分野では、作画における手本、実際的な参考例として、先行作品が果たした役割は大きいと思われる。その点において、〈かたち〉の継承過程を検証し、他の継承例と比較することは、個々の画家の作画姿勢、制作手法といった実際の制作状況を考察する上で、非常に有効であると考えられる。それは更に、作品の受容者層や画家の質を考える上でも有益である。現段階では、19世紀から20世紀に多くの近代国家が形成されるにあたり、美術はしばしばその国-64-
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