鹿島美術研究 年報第21号
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図様の継承という行為は、その図様が本来持つ〈いみ〉をどの程度、そしてどのように引き継ぐかによって、数パターンに分類可能であることが分かっているが、単純に先行作品のコピーを意図したものから、先行作品の〈いみ〉をふまえて新たな主題を創出しようとしたものまで、そのレベルは様々である。こうしたレベルの差異は画家の作画意識、ひいては作画レベルの差異を反映していると考えられるが、裏を返せばそれは受容者側の意識、つまりは鑑賞レベルの差異をも反映していることになる。この点に留意した上で、各パターンの更なる分析を進めていくことで、作家論及び受容者論を包括的に捉えた、近世初期風俗画における新たな制作環境論を導き出せるものと考える。更にそれは近世美術全体を捉え直す新たな契機ともなるだろう。先に述べた如く、「転用」には「見立て」の萌芽ともいうべき作品構造を見て取れ、そこに従来の主題的なものとは違う、風俗画と浮世絵の関係性を探る新たな視点を見出すことができる。また、先行作品から図様を借用することは、この時代、他分野の絵画においても盛んに採られた手法であるが、たとえば俵屋宗達の作品では、風俗画における転用(意味の限定利用、特定イメージの利用)のような、先行図様が持つ〈いみ〉にまで留意し、それを応用したような例は少ないといえ、そこに風俗画とは少々異なる作画意識を感じる。両者の比較を進めることで、それぞれの特徴がより明確化するのではないだろうか。以上のように、本研究は風俗画にとどまらず、近世美術全体を対象に据えた、より包括的な制作環境論に発展し得るものと考えている。⑱ ヨハネス・イッテンの色彩表現とその統合性について研究者:高知大学教育学部助教授金子宜正『色彩論』や『造形芸術の基礎』等の限られた文献によるイッテン教育の紹介がされる中で、イッテンの教育における感覚的な側面ばかりが強調されたため、我が国では、ヨハネス・イッテンの芸術は皮相的に理解されてきた感がある。イッテンは制作を通して多くの思索を行なっており、彼の日記には、東洋の考え方やゲーテをはじめとする芸術論や色彩論、ハウアーとの交流による色彩についての探究など多方面にわたる研究の断片的なメモがいくつも記されている。これらの内容がどのような意味を-65-

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