鹿島美術研究 年報第22号
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―17―「13世紀フランスを中心とする聖書図像の伝播・交流に関する研究『十三世紀フランス語聖書』(Bible française du XIIIe語聖書の一種である。同聖書に関する研究は、中世仏文学主導のもとに行われてきたため、挿絵については、単発のモノグラフィックな研究数点を除き、本格的な考察はなされてこなかった。このような状況に鑑み、本研究では、中世後期における聖書図像の伝播・交流の中での『十三世紀フランス語聖書』の位置づけを探「非空非実」の芸術の顕現であった。洋画・日本画の優劣論といった議論からも遠ざかって、絵に盛られた小さく澄明な「趣味」に沈潜していく。渡辺南岳「四季草花絵巻」(東京藝術大学大学美術館蔵)に触れ発せられた「命の延びるやうな心地がする」の一語は、生命と絵の交わりの極点を示し、「描かれたもの」の力を私たちに語りかける。死を目前に、病床のガラス戸越しに見える小園の自然と絵の境界は分明ではなくなり、日々の生活の場がそのまま美に昇華される。枕辺に置かれた画譜が自然の一片となった境涯は、子規の希求したー『十三世紀フランス語聖書』写本挿絵の展開ー」発表者:名古屋大学 文学研究科 COE研究員 駒 田 亜紀子りたい。現在知られている『十三世紀フランス語聖書』写本は、完本・断片を含め20数点を数えるが、その大部分は1320年代までに制作されたものであり、制作地は、編纂地パリの他、北、南西および東フランス、さらにイングランドなど広範囲に及ぶ。14世紀初頭以降『十三世紀フランス語聖書』に代わり急速に普及した仏語翻案版聖書『歴史物語聖書』(Bible historiale)が15世紀初頭に至るまで少数の例外を除きもっぱらパリで制作されていたのに対し、『十三世紀フランス語聖書』が編纂から約半世紀の間にかくも広範な伝播を見た理由については、研究の現状では憶測の域を出ない。『十三世紀フランス語聖書』が聖書図像の伝播・交流において果たした役割を考察する上で、挿絵画家のレパートリーは重要な手掛かりを提供する。先行する研究では、例えば、コペンハーゲン王立図書館所蔵本の画家と、第八回十字軍遠征に伴いパレスsiécle)は、13世紀第三・四半期にパリで成立した仏

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