―36―「作品はつねに何かへのプロセスの途上にあり、それを開示している点において、価⑤ ティエポロとミルトン ――1742年版イタリア語訳『失楽園』をめぐって――しつつ、さらに、複数作品の動的連関の中で作品の生成を考える必要が出てくる。このような複層的なクロノロジーから作品を捉え直すために、様々な切り口が考えられるが「両面作品」の裏と表を切り離されたものとしてではなく、相互に連関し合うものとして考察し、裏から表へ、表から裏へという動的な制作プロセスを解明することは、その有効な手段のひとつと考えられる。特に本研究の意義は、厚紙にマウントされた紙作品では、作品の保存上、裏面を直に観察することはできないと言う理由から、いまだに包括的な研究の存在しない「裏絵」という周辺的な減少に注目することで、値の序列は(裏表においても)ない」というクレーの画業の特質を浮き彫りにすることにある。さらに「両面作品」や「裏絵」の特殊な受容過程を検討することは、クレーに限らず、あらゆる芸術家が直面する「社会に流通する商品としての美術品」の美的・経済的価値を問い直すことに関わる、きわめて今日的で刺激的な問題である。そして、作品の裏表を物理的に切り離すという受容形態は、単なる「経済的な」問題に留まらず、クレー作品の「固定的な」解釈と結びつくクレー作品の理解の本質にかかわる重要な問題であることも指摘されよう。これは、「作品はどこで簡潔するのか」という作品概念の見直しに通じる、広がりのある研究視点である。また、本研究の特筆すべき価値として、400点に及ぶ素描の実地調査に基づく、両面作品の基礎資料となることが挙げられる。これは、既刊のカタログ・レゾネを補う重要な資料となるだけではなく、今後クレー研究の上で、データバンクとしての利用価値も高い。研 究 者:国立西洋美術館 学芸課 研究員 高 梨 光 正本調査研究の目的は、18世紀ヴェネツィア絵画に一般的に語られる享楽的あるいは激情的な側面の背後に潜む、人文主義的知の地盤の構造を明らかにすることにある。18世紀の文化は、ある意味退廃的かつ近代の萌芽を含む文化であると同時に、とくにイタリアでは15世紀以来の人文主義が極めて高度に整理され、アルカディア的に再解釈された時代である。ジャンヴィンチェンツォ・グラヴィーナ、ピエトロ・メタスタージオ、フランチェスコ・アルガロッティらのような人文学者と友にアングロマニ
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