―44―研 究 者:早稲田大学大学院 文学研究科 博士後期課程 森 美智代本研究の目的はトルファン地域の回鶻高昌時代美術を代表する壁画主題と見なされてきた誓願図について、従来ほとんどその実態を知られていなかった亀茲石窟における新資料を紹介し、西域北道という広がりの中で誓願図の成立の様相を明らかにして、あらためてその位置づけを行おうとするものである。まずは従来看過されてきた亀茲の作例を中心に、誓願図に関する壁画のデータを収集することが肝要であると思われる。亀茲における作例の多くは保存状態が悪く、特に過去仏の足下に描かれる釈迦前生の姿などの細部は剥落して原型をとどめていないことが多い。よって主題比定には限界があることが予想されるので、本研究ではむしろ窟全体の壁画構成という文脈の中において、誓願図をいかに読み取ることができるかという点に着目し、分析していきたい。このような図像学的方法は、銘文が書かれていなかったり、剥落して読めなくなっている作例に対してのみではなく、銘文がかかれている作例についても適用するべきだと私は考えている。そもそも銘文は独立して存在しえず、あくまで壁画と一緒にあって初めて意味をなすものであり、また従来解読されている銘文の内容は必ずしも壁画内容と一致しないことはよく知られているが、このような文字と絵画のずれの所以は図像研究なしには解釈し得ないからである。さらに亀茲とトルファンの誓願図について比較考察する過程において、おのずと各地域性の特色が浮彫になり、西域仏教美術史の空白を埋めることができよう。特に亀茲の誓願図は従来大乗図像と見做されてきたもので、これを見直すことは亀茲仏教美術そのものに対する理解の修正につながる。また誓願図は、亀茲とトルファンの仏教美術交流史の上からいっても貴重な実例である。両地域の影響関係は一般に認められているものの、実作例の比較検証は今までほとんどなされてこなかった。かたや西域における小乗の中心地、かたや大乗が行われた土地であり、両地域の誓願図の共通点と差異を明らかにすることで、実態のつかみにくい両地域の影響関係を具体的に把握するための有力な手がかりとなりうる。以上のごとく、誓願図の成立状況を明かにしようとする本研究は西域美術史の研究に少なからず寄与するものと自負する。⑭ 西域北道における誓顔図の研究
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