―51―9狩野探幽「富士山図」における左右非対称・稜線の長い構図の成立作品の制作当初の機能や注文主の特定を目指したもので、マリアの姿勢など個別の図像についての詳細な考察はされていない。また、受胎告知に対するマリアの身振りの意味については、バクサンダールの研究があるが、サン・ロレンツォ作品は例として引用されるものの、それ以上の具体的な考察はなされていない。サン・ロレンツォ作品のマリアについて、申請者は同時代フランドルやパドヴァの作例中に類似例を見出しており、それらとの関連を有力な仮説としてたてている。リッピ作品には、しばしばフランドル絵画からの影響が指摘されているが、周知のように「ルネサンス期における南北美術の交流」は、美術史における重要なテーマであり、本研究はこのテーマに貢献できる可能性も十分にある。リッピにおけるフランドル美術の影響の実態が明らかにされていないことを踏まえれば、本研究の意義はより高まるといえる。さらに、同時代の画家フラ・アンジェリコの作例と比較しつつ、リッピ作品の同時代への影響力を探ることで、「15世紀フィレンツェにおける受胎告知図」という主題研究にも貢献することができる。なによりも、個別の図像の珍しさや独自性は、受胎告知に限らず、リッピ作品にしばしば見られる、見逃しがたい特徴であり魅力である。しかし、ローランズやエイムス=ルイスの論考の他は、この点を考察した研究はほとんどない。本研究はこの現状を補い、包括的なリッピ研究にとっても十分に意義深いものと考えられる。研 究 者:(財)三井文庫 学芸員 樋 口 一 貴富士を形容する言葉として第一に語られるのは、日本一高い山というものであろう。その高さ故に畏怖すべき霊山、信仰の対象であったのである。しかしながら、最も人口に膾炙しているといえる富士図の一つ、葛飾北斎『富嶽三十六景』シリーズ中の「凱風快晴」―むしろ「赤富士」の通称がより親しまれているだろう―を想起したとき、印象的なのは画面左へと長く伸びる稜線を持つ富士の姿である。同シリーズ全46枚の内にも、すらりと長く美しい富士の稜線を描いたものが多い。こうした視点であらためて江戸時代絵画における富士図を見直してみると、円山応挙「富士図」(三井文庫)のように富士を画面の右あるいは左に寄せ片側の稜線を伸ばす構図が多いこと
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