鹿島美術研究 年報第22号
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は20世紀美術史に必要不可欠な存在ではなくなったとさえ評している。騒然とした前―55―パブロ・ピカソ《羊を抱く男》――その図像源泉と政治的意味――たのかという課題追究の手がかりとしたい。研 究 者:マドリード・コンプルテンセ大学大学院 地理・歴史学部 博士課程ピカソは第二次大戦以降、30年近くも制作を続けていくにもかかわらず、《ゲルニカ》以降の画業はあまり重要視されていない。グリーンバーグは1937年を境にピカソ衛運動に積極的に参加することを避け、より私的な領域へと対象を移していったピカソ芸術は、連続して生成していく前衛運動の列挙として理解される20世紀美術史からはこぼれ落ちてしまったのである。そうした線的で単純な20世紀美術史の理解に対する批判、反省が沸き起こってきていることを踏まえ、《ゲルニカ》以降のピカソ芸術評価のあり方を見直す必要があると申請者は考える。本研究はその手始めとして《羊を抱く男》をひとつの軸に、第二次大戦下の画家と社会のかかわりを示し、《ゲルニカ》以降のピカソ芸術のあり方を再検討することを目的とする。アンドレ・マルローは《羊を抱く男》を彫刻の《ゲルニカ》であると評し、その重要性を強調した。確かに具体的な政治的シンボルを削除したように一見すると思われる本作品が戦争という残虐行為に対置される平和のシンボルとして解釈されることに異議はない。しかし、一見、何の変哲もない本作品が《ゲルニカ》と並び評されるほどの重要性があることの根拠は十分に提示されていない。第二次大戦中、ピカソがなぜキリスト教の伝統的図像である良き羊飼いのモティーフを用いる必要があったのか、他の彫刻にはあまり見られない古典的な様式を採用する根拠はどこにあるのか、様々な問題が未解決のまま置き去りにされている。そうした問題に一石を投じることが本研究の意義となるだろう。松 田 健 児

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