―68―E聖俗劇の遠近法らのパトロンは、豊かな静物表現に彩られ、教訓的な意味が込められた北イタリアの風俗画を好んで蒐集しており、画家はローマでも北イタリア絵画の伝統に接することができたのである。また、対抗宗教改革期にありながらも、彼らの美術コレクションは、官能的な異教主題の古代彫刻に溢れていた。カラヴァッジオの少年に見られる官能的なエロティックな表情と三次元性を帯びた人体表現には、こうした古代彫刻からの影響も大きいと考えられる。それゆえ、本研究は、カラヴァッジオ絵画の図像形成に果たした美術コレクションの役割に注目するのである。とりわけ、北イタリア由来の風俗画をまとめた作品カタログは、当時の美術市場の動向を概観する上で利用価値が高い。ここで扱う1592年から1602年までの10年間は、カラヴァッジオがミラノからローマへ移り住み、次第に才能を開花させる時期である。その間、少年の描写は半身像から全身像へと変化を遂げた。しかし、今日までの研究において、画家が初めての公的な委嘱を得る1599年以前に描かれた一連の少年半身像の主題について論じられることは度々あったが、全身像へと向かう変遷あるいは彼の画歴における意義について取り上げたものがなかった。その過程には、大規模な宗教画を経験した画家の制作技法の変化が作用しているものと推察できる。そこで、本研究では、1600年前後の宗教画も考察の対象とし、その制作方法を分析することで、宗教主題と世俗主題を同時に手がけた画家の制作態度の柔軟性を浮き彫りにする。研 究 者:東京都立保健科学大学 非常勤講師 池 上 英 洋本研究を含む、より大きな研究構想は次の四段階に分かれている。まず、申請者によってあらたに発見された遠近法のある特質(第一段階「イリュージョニズム」:発表済)を手がかりに、そこからバロックの同様式とみなされるアナモルフォーズの二つの様式にある違いを探り(第二段階「アナモルフォーズ」:(財)鹿島美術財団1999年度「美術に関する調査研究」助成申請分。発表済)、また同時に宗教的動機の側面からも考察し(第三段階「反宗教改革の一側面」:発表済)、最後に舞台美術における絵画空間の比較考察をおこなうものである(第四段階「聖俗劇の遠近法」:今回申請分)。
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