鹿島美術研究 年報第22号
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―72―カンタベリー大聖堂セント・アンセルム礼拝堂のロマネスク壁画の研究な美術史研究に異なる視点を持ち込むものである。また、首都ではなく地方都市への注目は、直接首都を経由することなく直接アジアとの関係を積み重ねてきた福岡アジア美術館の学芸員である申請者であるからこそ、さらに意味と説得性を持つ研究態度であろう。研 究 者:東京芸術大学大学院 美術研究科 博士後期課程  武 井 美 砂12世紀末に至るまでの間、イギリスには3度にわたるクラシック美術の波が押し寄せたと考えられる。1つ目の波は古代末期からのキリスト教布教に伴いもたらされたローマの文物であり、2つ目はカロリング朝美術の影響としてであり、3つ目が12世紀ビザンティン美術の影響を通じてである。そしてこの3つ目の波によってイギリス・ロマネスク美術は開花するが、このインパクトはそれまでの2回とは異なり、いくつもの影響経路が想定されるため、捉えることが非常に困難である。本研究はこの問題にカンタベリーの「パウロ像」をひとつの手がかりとして取り組もうとするものである。カンタベリーの「パウロ像」に見られる“曲線的線描:curveilinear”と“濡れた襞衣:damp fold”の様式は、12世紀のイギリス・ロマネスク美術には非常に多く見られるものである。これは12世紀初頭の《セント・オーバンス詩篇》(ヒルデスハイム大聖堂Ms. St. Godehard 1)のアレクシス・マスターの様式に端を発すると考えるのが一般的であるが、本研究においてはこの説をひとまず離れ、ザーネッキ(1957)、ギャリソン(1958)らの作品リストを参考にしつつ、対象とする時代をアングロ・サクソン美術から初期ゴシック美術まで、技法も絵画から、彫刻、象牙彫り、金工品までと大きく広げ、イギリス中世美術を広く渉猟し、比較作例を収集・検討することとする。但し、検討する作品はカンタベリーの「パウロ像」に見られる造形と類似するものに限定する。また12世紀イギリス・ロマネスク美術に影響を与えたビザンティン美術の経路としては、直接的なものと間接的なものが想定される。前者は12世紀のアングロ・ノルマン人によるダイナミックな行動半径によってもたらされたローマ、シチリア、コムネノス朝美術の諸作品が、また後者はクリュニー系写本、フランス西南地域の彫刻、モ

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