鹿島美術研究 年報第23号
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―36―「東洋」美術の実態に迫る。また本研究は第二次世界大戦直前及びその最中のアメリカにおける東アジア美術への評価を解明する点においても価値がある。この時期の東アジア美術品の待遇についての調査・研究は未だその発展の途上にある。1944年までアメリカで活動し得た山中商会に注目する本研究は、この研究の一端を担う成果を得ることをも目的としている。研 究 者:岡山大学大学院文化学研究科博士後期課程ヴェリアの救世主キリスト復活聖堂のフレスコ画は、14世紀初頭のマケドニア地方を代表する後期ビザンティン聖堂壁画の一つで、1314―15年に画家カリエルギスによって制作されたものである。壁画の制作者カリエルギスは、奉献銘文において、自らを「全テッサリア地方最高の画家」と称し、その優れたテクニックを高らかに誇っている。壁画様式は、同時代のマケドニア地方のビザンティン聖堂壁画において支配的な動的で力強いものとは異なり、優美で、繊細な印象を受けるものである。そのような画家カリエルギスに確実に帰すことが出来、制作年のはっきりとわかる本聖堂の壁画は、ビザンティン美術においてだけでなく、一般的に画家の名前が残ることの少ない中世美術全体を通じても珍しい貴重な作例である。本研究は、カリエルギスの手によるヴェリアの救世主キリスト復活聖堂の壁画、中でも画家の創意工夫が最も発揮されていると思われる中段の預言者像と新約からの物語場面の関係性に注目することで、中世の画家がどのような神学的背景の下、絵画伝統に従い、寄進者の希望に応えながら壁画を制作したか、またそこにどの程度自己の創意工夫を実現し得ているかについて考察するものである。さらに比較的小さな本聖堂における目視や写真撮影による調査は、描き方のレベルにまで目を向けた詳細な様式分析を可能とする。それはまた、優美、繊細といった曖昧な言葉だけで本聖堂の壁画様式を特徴付けるのでなく、人物像の顔面や衣文の表現における描法上の何らかの特徴を見出すことで画家の個人様式を具体的に提示することをも可能とする。これは今までほとんどなされてこなかった中世美術における画家研究であり、中世において画家の個性は認められないとされる一般の通念を覆すことが期待できる。橋村 直樹⑧ ヴェリア(ギリシア)の救世主キリスト復活聖堂の壁画研究

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