鹿島美術研究 年報第23号
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―55―和田英作と装飾美術れたのか、彫り師・摺り師や版元についても調べていきたい。そして、受容者についても考えていく予定である。研 究 者:日本女子大学人間社会学部助手和田英作(1874−1959)は、明治後期以降の洋画壇において、白馬会の中心的メンバーとして、また東京美術学校の指導者として活躍し、1932年から1936年までは、同校校長を務めた。1943年には、文化勲章を受章している。しかし、黒田清輝(1866−1924)の後継者と目される確かな実力を持ちながら、その温厚な画風ゆえに、近年の美術史研究では取り上げられることが少なくなっている。特に、和田が明治後期から大正期にかけて数多く手掛けていた、装幀・挿画、絵葉書図案、舞台美術、建築装飾などに関しては、まとまった研究がなされていないのが現状である。しかし、こうした装飾への志向は、彼が後半生に好んで描いた富士山や薔薇の絵画などにも感じられる、自らの筆によって人々の環境を美的に彩ろうとした姿勢と、通底するものがあると思われる。和田英作の装飾美術の分野での仕事を詳細に調査・研究することにより、和田の業績の全体像を把握し、再評価することが可能となるであろう。また、和田と同時代の洋画家たちのうち、少なからぬ人々が装飾美術に関わったが、和田を軸として周囲の動向を考察することは、和田ら洋画家たちの試みの意義を美術史の文脈の中に位置づけ、社会と美術との関係を探求することにつながるはずである。この研究目的を達成するためには、日本近代美術関係の研究を参照し、当時の美術雑誌の関連記事を探索するのみならず、より幅広い文化的状況の中での関連情報を渉猟することが必要である。そのため、当時の演劇関係、建築関係、絵葉書関係の雑誌を詳細に調査し、舞台美術、建築装飾、絵葉書図案に関連する記事を収集する。そのほか、美術史研究では参照されることの少ない一般雑誌等の関連記事の調査も行う。建築装飾については、現地調査を実施する。装幀・装画に関しては、和田と交友のあった文学者や文化人の単行本、同時代に刊行された雑誌などに広く当たり、和田の業績を把握する。また、国内の美術館に所蔵されている和田英作関連資料の調査、和田に影響を与えたウジェーヌ・グラッセとアール・ヌーヴォーに関してパリ国立図書館手塚恵美子

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