―59―=ルイ・クラジョとフランス美術史の創出――19世紀末における中世美術の復権――研 究 者:東京大学大学院総合文化研究科博士課程本研究は、19世紀の歴史主義が導いた中世再発見のテーマに立脚している。このテーマに関する従来の研究は、ロマン主義との関わりのなかで論じられることが多く、扱われるのは19世紀前半に集中していた。ここで議論の対象となるのは19世紀後半であり、中世美術の「復権」と定義することによって、前半の「復興」現象と区別する。その理由として、19世紀を通じて中世美術の受容のあり方に変化が生じていることが、現在までの研究によって明らかになったからである。一部の知識人や趣味人に限定されていた受容が、公共文化財という概念の誕生によって政治性を帯び、国民的なレベルにまで広がっていく過程を検証してきた。本研究の意義は、フランスにおける中世復興の研究にさらなる新しい考察を加えるべく、ルイ・クラジョという19世紀後半に活躍した美術史家の活動を中世「復権」の事例として取り上げる点にある。アカデミー支配の続くフランスでは古代信仰が主流だが、一方で中世美術がいかなる論拠に基づいて公的な評価を得るようになるのか、クラジョの考察を通して明らかになるだろう。19世紀の歴史構築において古代と近代の狭間にある中世の記述は、歴史家の視座を如実に反映するものだが、クラジョはフランス美術史における中世を国民美術の起源とみなし、そこにフランスのアイデンティティを見出していた。こうした見解において、クラジョはヴィオレ=ル=デュックを代表とする19世紀の中世主義者たちを継承している。ここでのクラジョ研究は、1980年代から活発になった19世紀の文化財保護政策に関する研究業績の恩恵を受けながら、まだ論じられることの少ない第三共和政における文化政策の領域に及んでいる。本研究で特筆したいのは、フランス美術史の成立に、政教分離を推し進める国家の文化政策との関連性を読み取っていくことである。つまり、クラジョの中世を起源とする国民美術神話の創出が、宗教との関係を断ち切ろうとする国家が今度は美術に対して聖なる役割を与えていこうとする時代においてなされたという点に着目している。本研究の価値は、中世作品の宗教的価値から芸術的価値への変化が象徴するように、宗教に代わる美術崇拝という新しい聖域の誕生を指摘し、そこでの中世美術の役割を明らかにしていく点にある。泉 美知子
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