鹿島美術研究 年報第23号
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『920年の聖書』)では対話するように描かれていた福音書記者の象徴が、『960年の聖―62―A長安、洛陽を中心とした初唐時代の仏教造形点の「使徒パウロの肖像」による新約聖書挿絵とを含み、中世初期の写本挿絵様式を豊富に伝える写本として、スペインのみならず中世美術史にあっても、最も重要な写本の一つである。しかし、今のところ先行研究では主に旧約聖書挿絵の図像分析が行なわれ、写本全体のモノグラフ的な研究は数少ない(ウイリアムズ)。同写本の対観表は、17フォリオ構成で、同系統の作例と比べてミスが少なく、完成度の高さが指摘されている(フレンド)。福音書記者像は対観表アーチのリュネット部分に伝統的な象徴、翼やニンブスを伴った獅子、牛、鷲、人の姿、あるいは獣頭人間型の姿で描かれている。先行作例である920年に制作された聖書(León, Catedral, Cod. 6、以下書』では、相手の手を掴み、一方が他方に飛びかかるなど、穏やかならぬ様相を呈している。先行研究においてもこの特徴的な表現はしばしば言及されるものの、実証的な図像分析の研究はほとんどなされていない(ゴルトシュミット)。しかし、例えばマタイが優勢に立ち、マルコを従える描写は、「福音書の不一致については第一にマタイを参照する」というアウグスティヌス等の態度と対応していると考えることができる。少なくとも、これらの表現が対観表装飾において繰り返しによる単調さを避けるための工夫であると指摘することができるだろう。『960年の聖書』の対観表装飾の起源については、東方シリア起源の建築モチーフや、西ゴートの工芸品やプレカロリング期写本の獣頭人間型の福音書記者像など、複雑に交錯する影響関係が指摘されている(ノルデンファルク他)。対観表においてさえこのように、多種多様な問題を含む『960年の聖書』であるが、日本において同写本の研究はほとんどなされていない。申請者の研究は、対観表装飾を皮切りに、同写本全体の挿絵構成を再考するものである。最終的には福音書記者像表現を通じ、当時のイベリア半島で盛んに制作されていたヨハネ黙示録註解写本群(以下ベアトゥス本)等と作例を比較し、福音書主題の挿絵が各写本に受け入れられてゆく経緯を明らかにしたいと考えている。研 究 者:神戸大学大学院文化学研究科博士課程後期本調査研究は長安、洛陽を中心とした初唐時代の仏教造形の全面像を目的に、初唐様式は南北朝後半から隋代を経て、中国化の仏教造形の理想像の完成形式としての成楊効俊

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