―65―D平安時代後期仏教絵画の規範性について――普賢菩薩画像制作を中心に――本の流布の状況を理解するにも有益である。まずは聖衆来迎寺本(重文)の図像に焦点をあて、その系統と展開を考察し、この図像が南都に起源を求められることを明らかにしたい。また本研究で明らかになる他の系統の図像の成立と流布、その背景の解明にも進むつもりである。釈迦十六善神像の制作に際しては大般若経の供養や読誦の記録が参考とされるため、単に絵画史だけでなく仏教史や書誌学など大般若経に関連する学問分野に密接に関わる。将来的には釈迦十六善神像そのものについて、いかにして複雑な構成が成立し諸尊の姿が定められたかという問題に取り組む予定である。研 究 者:彦根城博物館学芸員本研究で注目する奈良博本は、『法華経』や『観普賢経』あるいは円仁請来白描図像に依拠した合掌騎象形の図様をとり、図像的には当該期の普賢菩薩画像に多く見られるものである。本研究の意義は、奈良博本が、図像面では経軌所説の一般的な作例であるにもかかわらず、特に像容が継承される規範性を持ちえたことを明らかにするところにある。奈良博本の像容は宝厳寺本とほぼ一致し、かつ奈良博本(縦62.0×横30.7cm)と宝厳寺本(75.3×42.0cm)は法量も近く小ぶりである特徴も継承している。本研究の意義および価値は、2つの普賢菩薩像から仏画の図様や表現技法が継承の様相を考察することにあると考える。本研究では、奈良博本および宝厳寺本の表現技法から両者の制作時期を検討し、普賢菩薩画像および刺繍像制作の状況や伝来から両者の制作環境を考察する。両者の具体的な比較を通して、奈良博本と宝厳寺本とに見られる継承のあり方を検証する。その上で、宝厳寺本制作の環境において奈良博本が規範とされた背景、および奈良博本が規範性を持ちえた背景を考察する。奈良博本は従来その繊細な作風から女性の法華経信仰の関与が指摘されてきた。像容や法量など絵画形式が継承される背景には、発願者や造像の契機など画像制作の場自体が何らかの由緒を持って後代に受け継がれた状況も想定され、規範の性格を考察する上で注目される。一方、奈良博本から宝厳寺本に至る変容点である十羅刹女の描き加えについて、普賢菩薩像および普賢菩薩十羅刹女像の現存作例と文献資料から描き加えの意味や背景について検討する。またもうひとつの変容点である絵画から繍仏への変化について当小井川 理
元のページ ../index.html#82