鹿島美術研究 年報第23号
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―68―遍歴時代のデューラー作品――1492年の「テレンティウス挿絵」の筆跡研究――下村観山と原三溪にみる作家と支援者の関係Werk. Band Ⅲ, Buchillustrationen, s.37−48)を見ても、現在改めて初期デューラーの木衆化してゆく様相を明らかにするケーススタディとしても大変意義のある研究であると自負している。研 究 者:獨協大学講師東京芸術大学博士(美術)青山 愛香申請者は博士論文(2001)において、1492年に制作されたバーゼルの「テレンティウス喜劇」の素描挿絵を集中的に扱い、この作品をアルブレヒト・デューラーの画業の中に発展史的に組み込む作業を試みた。若きデューラーの素描の現存作品は断片的であり、138枚もまとまって存在する「テレンティウス喜劇」素描は、初期デューラーを知る上で、極めて貴重である。だが2005年にニュルンベルク・ゲルマン民族博物館から出版された、デューラーの大部な版画カタログ(Dürer. Das druckgraphische版画作品の帰属問題が取り上げられ、多くの初期作品がデューラー作から外されている。この「テレンティウス喜劇」挿絵もこの問題の争点の一つであるが、同カタログでも依然として結論は出されていない。申請者は、これまでテレンティウス挿絵と手本の関係の解明、ならびに挿絵の様式分析を試みてきたが、今回は同挿絵における筆跡分析を行うことで、100年以上にわたって論争が続いている挿絵の作者の問題を再考し、若きデューラーの作品について改めて問題提起を試みるものである。2010年には、ゲルマン民族博物館(ニュルンベルク)において「若きデューラー展」が開催予定である。デューラーの「テレンティウス喜劇」挿絵における真筆問題は、初期デューラー研究の大きな山の一つであり、研究の意義は十分にあると考える。研 究 者:財団法人三溪園保勝会学芸員江戸時代における大名とそれに召抱えられる藩絵師の例や、絵師とその支援者である大店の関係のように、芸術と政治・芸術家と支援者・芸術と流行、という図式は成清水 緑

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