鹿島美術研究 年報第23号
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―75―I1940年代のアメリカ美術における絵文字的表象に関する研究おいて、イギリスが果たした役割は非常に大きなものであったと考えられる。そこで今調査研究では、イギリス美術を代表する風景画家、ターナーが日本に及ぼした影響をテーマにしたい。ターナーは、イギリスのみならず全世界の風景画家の最高峰に位置する画家である。日本でも夏目漱石をはじめとして、明治時代からターナーは紹介されている。フランスのサロンを日本に持ち込もうとし、イギリスヘの留学を勧めなかったと思われる黒田清輝でさえ、ターナーらを評価し、彼らのように雲のスケッチを残していたりもする。今回の調査研究において、ターナーの近代日本における需要を明らかにすることで、ターナーを通したイギリス美術の日本における影響について詳細に検討をしたい。また、今回の調査研究の成果は、近い将来、郡山市立美術館において「日本のターナーたち Turners in Japan」(仮題)と題した展覧会において示し、同展覧会で発行されるであろうカタログを、日英美術交流に関する資料のデータ・べースのひとつになるようにしたい。研 究 者:早稲田大学大学院文学研究科博士後期課程1950年代に最盛期を迎える抽象表現主義の絵画作品は、その名の通り一般には「抽象的」すなわち非形象的なものと考えられている。しかしその形成期である1930−40年代にはほとんどの画家たちが形象的な作品を描き、ジャクソン・ポロックもまたそうした画家の一人であった。申請者は、これまでポロックの作品、とりわけドリップ絵画(ポード絵画)の成立をめぐる研究を行い、その様式的変遷が必ずしも具象(形象)から抽象(非形象)へといった単線的なものではなく、むしろそこには形象への関心が一貫して存在し、ドリップ絵画は二次元的な絵画平面と形象との間の緊張関係において成立しえたことを論じてきた。そして、広く抽象表現主義の絵画には、こうした形象的側面が常に内包されているのではないかと考えるに至った。本研究は以上のような問題を出発点としている。これまでの研究において、抽象表現主義の形象的側面はモダニズムの枠組みの中では軽視される傾向にあったが、その一方で作品の主題解釈の手がかりとしてその図像ソースに関心が寄せられてきた。しかし本研究では、そうした形式論にも図像解釈に岸 みづき

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