鹿島美術研究 年報第24号
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―13―航したことを付言しておきたい。結局、財団賞受賞者には日本・東洋美術部門からは竹浪遠氏が、西洋美術部門からは久米順子氏が決定した。選考理由は、河野委員と私が執筆した。以下の通りである。竹浪 遠「唐代山水画の主題に関する研究−神仙山水と樹石画を中心に−」広く知られるように、山水画は唐時代に飛躍的発展を遂げた。本論文は『全唐詩』から唐時代山水画に関する詩をすべて抜き出し、これによってその展開と特質を考察しようと試みたものである。この論文がとくにすぐれている点は、まず着眼の素晴らしさに求められる。遺品、文献ともに乏しい唐時代絵画の芸術的解明に、『全唐詩』がきわめて重要な資料であるという発見が、本論文の独創性を保証する結果となった。もっとも絵画を題材にした題画詩については、これまでも論考が発表されてきたのだが、竹浪氏はこれ以外にも詩の一部に絵画を詠み込んだものが『全唐詩』のなかにきわめて多いことを見出し、これをすべて採録してリスト化しようと試みたのである。しかしながら、これは言うに易く行なうに難いことである。『全唐詩』は清朝前期に編纂された唐詩の集大成本だが、これには実に4万9千首という膨大な数の唐詩が収められている。竹浪氏はこれをすべて精読し、絵画に関する詩を選び出して考証を加え、詩人名、時代、収録巻数、画題・形状、詩中の情報、他のテキストからなる詳細なるリスト「『全唐詩』にみえる山水画関係詩」を制作したのである。『全唐詩』が重要な唐時代絵画の資料であることに気づいた研究者が、これまで全くいなかったわけではないだろうが、誰も試みなかった理由は、ひとえにこの労苦がいとわれたためであろう。本論文はまさに労作と呼ぶにふさわしい。本論文およびリストが、この分野の研究に今後きわめてすぐれた貢献を果すことは、改めて指摘するまでもないであろう。このような研究の方向性を示唆した点も、高く評価された。竹浪氏はみずから制作したこのリストに基づき、神仙山水と樹石画について考察を進めたのである。神仙山水については、唐詩に山水の描写を仙境として詠むものが多く、その流行ぶりが実証された。王朝が老子を祖とあがめたため道教が栄えた唐時代には、神仙山水がはやったことが推定されていたが、画史類のわずかな記述からはよくわからなかった事実である。しかもその全盛期は道教信仰の高まった玄宗朝で、中唐以降、仙

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