鹿島美術研究 年報第24号
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―15―② 2006年助成金贈呈式③ 研究発表会考である。イスパニア典礼からローマ典礼へ、西ゴート書体からカロリング書体への移行などの諸問題に着目し、10世紀モサラベ時代からの伝統と12世紀ロマネスク様式の革新といった新旧交錯する複雑な一時代の写本芸術のあり様を実証的に解明しようとした。例えば、イスパニア典礼を西ゴート書体で写した旧来型の写本に新しいロマネスク様式で挿絵を施すといったように、そこには保守と革新の競合、対立という転換期ならではの特徴的現象を定義したのである。こうして従来、雑然、混沌としか見えなかった11世紀写本芸術の情況が鮮やかに再現され、美術や信仰のイメージが明らかにされた。いまだ研究の途上にあるとはいえ、以上の報告は財団賞の名に恥じない成果と判断された。一方、渡辺晋輔氏の「複製版画と批評−ジュリオ・サヌート《アポロとマルシュアス》の場合−」は、16世紀ヴェネツィアの版画家サヌートの《アポロとマルシュアス》を作例に挙げ、原画とその改変(創意)による複製版画を精緻に検証しつつ、両者の関係について、従来の限定的解釈を修正しようとする優れた報告である。またそこには、原画にはない、鑑賞者や受容者を意識しての改変やモティーフが見出せ、今後のこの領域での研究の指針ともなるであろう。同様に、野田由美意氏の「パウル・クレーと舞踊−第一次世界大戦勃発までに描かれた踊る人物線描画を中心に−」は、従来のクレー研究への新たな視座として注目された。音楽理論を導入しての抽象絵画に至る以前、舞踊を主題とした線描画を断続的に試みている。そこにはロダンから貞奴、ダンカン、バレエ・リュス等、20世紀初頭に展開された踊る身体への深い洞察が背景にあり、線と動きの純粋抽象への重要なステップだったことを跡付けている。2006年助成金贈呈式は、第13回鹿島美術財団賞授賞式に引き続いて行われ、選考委員を代表して、高階秀爾・大原美術館長から、2006年1月20日開催の助成者選考委員会における選考経過について説明があった後、原常務理事より助成金が贈呈された。本年度の研究発表会は5月12日鹿島KIビル大会議室において第13回鹿島美術財

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