―34―批評分析の方法とそれに続く作品分析の構想に特色がある。E. Cockcroftの“Abstractポロックに代表される米国の抽象表現主義画家が、非再現的絵画言語や制作時の自由な身振りによって「自由な表現を行う自己」という資本主義社会の模範的主体像を表象・体現し、共産圏の社会主義リアリズムに対する冷戦期の外交上の政治的役割を担っていたことを示した。このことから上述の日本人女性画家の抽象絵画も、地政学的背景におけるジェンダーや人種構造を含む文化的主体性の形成に関連したと考えることが出来る。申請者はこの知見から、第一に、戦後日本の文化的アイデンティティの構築過程と絵画批評の傾向の関連付けを行い、抽象表現主義が暗黙に含有した国際主義によって隠蔽されてきた「抽象絵画の性差・人種(民族)差」という問題を検証する。第二に、こうした政治社会的経験の局面がいかに絵画という象徴言語に結実されているか、フェミニズム美術研究の功績である文化的主体形成論や表象論を経た視点から、四者の作品を対象に分析する。従来の抽象絵画研究は個人及び美術史上の様式変遷の考察が主であったが、これに加え、各々の作品が戦後の国際的文化経験の心理的側面をある形をもって提示するという仮説から考察すれば、戦後絵画という主題の広がりが一層明らかになると考える。さらにこの研究の国外的インパクトとして、地域限定的な視野に留まる欧米の抽象表現主義研究に対する批判的補足となりうる。これまでの韓国や日本の抽象表現主義に関する研究は、断片的あるいは「非政治的」見解に限られ、例えば数少ない研究例の一つであるJ. Wechsler編のAsian American Artistsである。申請者の研究は、こうした従来研究の本質主義的な解釈そのものを批判の射程に入れ、日本の抽象絵画の固有性を国外の動きとの相関関係から導き出すことを目指し、抽象表現主義の重層的な編み直しを意図するという点で貴重な学問実践になると考える。研 究 者:愛知県立芸術大学芸術資料館 嘱託(学芸員)神 谷 麻理子20世紀初頭、わが国の建築学者関野貞が初めて天龍山石窟を発見し、公表すると、世界各国から研究者、美術家らが、この不便な山中の石窟をこぞって注目し、そしてand Abstractionは、東洋の伝統芸術の美学にアジアにおける抽象の源流を求めるものExpressionism, Weapon of the Cold War” をはじめとする近年の研究は、ジャクソン・⑤ 天龍山石窟考 ―唐代窟を中心に―
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