―38―研究対象であるジュンナル石窟は、前1〜後2世紀に継続的に開鑿されたインド最大の仏教石窟群です。その簡素な構造的特徴から美術史分野においては看過されてきたものの、寄進銘の豊富さから歴史学分野においては盛んに論じられてきたほか、近年では周辺地域の考古学調査が実施され、文字資料・物的資料を多角的に駆使し、特定地域の文化の消長過程を、一定の時間幅において理解することが可能です。本研究ではこれまで本格的に実施されていない基礎資料の整備と、それに伴う様式的分析を行い、それらを寄進銘、仏教経典の記述と照合して僧院建築の様式変遷の社会的・思想的背景を考察します。さらに考古学資料を用いて古代社会像の復元を試み、石窟寺院という文化様式が発生・展開した過程を実証的に解明します。本研究の成果は、汎アジア地域における仏教文化の伝播図式を、初期的な立脚点に立ち返って構築する点で、それ以降全ての仏教文化の理解にきわめて有用な視座を提供します。また従来の優品主義的な美術史研究の視点から外れてきた文化遺産を、より広範な視点から再検討し、総合的な歴史文化研究における美術史の役割を改めて方向付ける点においても、重要な意義を有します。研 究 者:神奈川県立歴史博物館 学芸員 佐々木 登美子これまでの美術史では修験に関わる研究は手薄であったし、まして室町時代の修験美術はほとんど注目されていない領域といえる。本研究は、室町時代における宗教美術の今まで知られていなかった側面に光をあてるものと考えている。拙稿「金銅装笈の図様構成について―神奈川県立歴史博物館所蔵金銅装笈を中心に―」では、金銅板にあらわれた様々なモチーフを整理し、それが山岳を頂点とした一つの観景を表すものとの見解を示したが、個々の宗教的な図様表現の分析をさらに進めれば、室町時代の修験道の信仰の実態に迫ることになるだろう。また、様々な装飾文様には、鏡背文様をはじめ他の工芸と共通する点もあり、また、全体の構図は同時代の参詣曼荼羅と似通っている。この研究から発展して、室町時代の装飾美術、空間意識などにも重要な視点を提示することができると考えられる。この研究は、美術史のみならず、修験道史、民俗学、歴史考古学、など周辺諸学とも関係する多くの問題を孕んでいるものと思われる。制作者の問題、また全国に現存⑨ 金銅装笈の基礎的研究
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