鹿島美術研究 年報第24号
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―40―研 究 者:国立西洋美術館 主任研究員  田 中 正 之モダニズム的歴史記述の成立に関しては、1929年に開館したニューヨーク近代美術館、その初代館長アルフレッド・H・バーJr.、そして彼が1936年に行った『キュビスムと抽象美術』展を中心に語られるのが一般的である。しかし、これらの強い影響力のもとにモダニズム的歴史記述が成立したのは確かだとしても、ここには少なくとも二つのものの認識が欠落している。ひとつはニューヨーク近代美術館開館以前からヨーロッパで生まれつつあった「モダンアートの美術館」の問題であり、もうひとつは他の展覧会の問題である。実際のところ、バーも、これらの美術館や展覧会との対話ないし応答関係、あるいは競合関係のなかでニューヨーク近代美術館に象徴されるモダニズム的歴史観を作り上げていったと考えられるのである。ヨーロッパにおける「モダンアート美術館」としては、ドイツのハーゲン(のちにエッセン)のヴォルフガング美術館、ベルリンの皇太子宮美術館が、実際に設立されたものとして挙げられる(それぞれ1902年、1919年の開館)。フランスにおいても実現は1945年のパリ国立近代美術館の開館を待たなければならなかったが、「モダンアート美術館」の設立をめぐる議論はメディアにおいて盛んになされ、また同時代美術の美術館としてアカデミー系作家を中心に展示していたリュクサンブール美術館の改革が試みられてもいた。『キュビスムと抽象美術』展と競合する展覧会としては、先に挙げた「アンデパンダン芸術の大家たち」と「アンデパンダン芸術の起源と発展」が、ともに1937年にパリで開催されている。モダニズム的歴史記述は、このような美術館、展覧会においてなされた様々な言説のせめぎあいの中で成立していったものであり、本調査は、このような拮抗しあうダイナミックな歴史的状況の中でモダニズム的歴史記述を再考するものである。このような歴史のありようを明らかにすることによって、20世紀後半以降、欧米のみならず日本においても盛んに設立されていった「近代美術館」の成立の歴史と、それがはらむ文化政治的意味をも理解する手がかりとなるものと考えている。⑪ モダンアートの制度化 ―その歴史化と「美術館化」―『キュビスムと抽象美術』展と同様に、モダンアートの歴史を体系的に語ろうとした

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