―19―ば、ベラスケス自身もまた、これらの貴族たちと同じく、コンベルソの家系の出であった可能性が高い。これらの点を踏まえ、本発表では、ベラスケスのボデゴンの意味とその制作背景を、画家と周囲の貴族の出自に纏わる諸問題との関係から、再検討していきたい。発表では特に、ベラスケスの宮廷入りの重要な立役者となったセビーリャの貴族、フアン・フォンセカと、ベラスケスが彼のために描いた作品《セビーリャの水売り》(ロンドン、ウェリントン美術館)について論じる。まず、17世紀スペインの文学および絵画における「水売り」の一般的なイメージと、この作品に描かれたモチーフおよび作品全体の雰囲気とを比較し、ベラスケスの作品が同時代的な情景を再現的に描写したものではないことを示す。さらに、厳粛な面持ちの老人が少年に手渡す水と、老人の前に配された大きな水甕とが画面の中で強調されている点に着目し、これらのモチーフに伝統的に与えられてきた宗教的な意味との関連から、作品に込められた意味を検証していく。以上から、ベラスケスがこの作品に、コンベルソの家系に属するフォンセカにとって相応しい、特別な意味を込めたことを指摘したい。ベラスケスはこの作品を、マドリード来訪時に自ら携えて行き、既に宮廷入りしていたフォンセカに贈ったと考えられる。この作品は、宮廷入りを目論むベラスケスが、同胞のフォンセカからの庇護を期待して描いた、画家の自信作として位置づけられるのである。このことは、ベラスケスが、画家としての飛躍を明確に意識しながら、周囲の知的上流階層の置かれていた情況をよく理解し、それに相応しい意味を込めてボデゴンを描いたことのひとつの証左であると言えるだろう。4.古代ローマ世界の「マント式ヘルマ柱」―ローマ人によるギリシア美術のパトロネージ―発表者:東北大学大学院 文学研究科 准教授 芳 賀 京 子ローマ美術の独自性とはもっぱら肖像彫刻と歴史浮彫にあり、神の像は偉大なるギリシア美術のコピーにすぎない。―これが、世に広く浸透したローマ美術のイメージであろう。確かにローマ人は、ギリシアの古典期の作品を彫刻家たちに大量にコピーさせた。発表者はそうした行為の中にもローマ人注文主の独自性は存在していたと考えているが、この点に関しては既に発表した論文もあるのでここで繰り返すことはしない。今回は、単なるコピーでなく、注文主たるローマ人の意向がより一層大きく反
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