―21―ロール・SchwartzLaure本発表では、平安時代に制作された現存最古の「涅槃図」である、高野山霊宝館保管の金剛峯寺本仏涅槃図について見ていく。絵の左下に記された銘文によると、この六副一鋪から成る壮大な画幅は、白河上皇治世下の応徳3年4月7日に完成した。この作品に関する膨大な先行研究を踏まえ、北側の沙羅双樹の幹に描かれた亀甲文の解釈から出発し、これまであまり触れられてこなかった涅槃図における図シュワルツアレナレス−-Arenales5.『応徳涅槃図』試論―陰陽道と星辰信仰をめぐる二重のイメージ―発表者:お茶の水女子大学 比較日本学研究センター 准教授像を考察する。道教の染み込んだ中国占星学における「北の方角―玄武」と、同じく中国において「亀甲文」の元になった動物、「亀」という二つのキーワードが新しい考察の糸口となる。つまり、北側の木の幹に記されている亀甲文を「亀」と捉えるならば、絵の中にその存在を裏付けるものがあると推測することができる。玄武(四神の一つ、北の守護神)との関係に加えて瑞祥のしるしであるこの文様は、「入滅した」仏陀の不死、超越性といった特性をも表わしていると言える。この亀甲文といくつかの絵画的な要素、そして作品全体における文化的背景を読み解くと、この絵画の中にある二重のイメージの存在を証明できるように思われる。一つは説話的次元であり、インド中央部の森の中、あらゆる層の無数の人物に囲まれて死を迎えようとしている釈迦の具象的描写、もう一つは宇宙的、占星術的な次元であり、宇宙と星々の地図を隠し持つ、一種の謎解きのようなイメージである。本発表ではこうした宇宙観の大きな影響力を考慮しつつ、白河上皇の下での陰陽師たちの役割についても考えながら、この作品と宮廷的な趣味や世俗的な絵画の傾向との、形式的および図像的接点を明らかにしたい。そこでまず、空間構成および数々のモチーフのイコノロジー的解釈から、仏教的、道教的、占星術的といった様々な意味の層を解明し、そしてこうした多様な意味の層が如何にして、対立することなく逆にこの時代の精神が好んだように互いに調和し融合していたかを検討する。
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