―42―た文人画の場合と比しても、明らかであろう。洋風画においても、江戸時代の絵画芸術の一事象として、画人個々の創作性や美の特質の問題を、同時代の絵画界や諸環境と照らし合わせながら、正面から捉える必要がある。多方面で活動した司馬江漢であるが、本業はあくまで画事である。職業画人としての長い作画生活の中で、実際に絵筆を執りながら、何を感じ、どのような感情を沸き上がらせ、作品を構想していったかを探ることは、最重要課題であろう。そこで、様式分析に基礎を置く作品研究は不可欠と思われる。本件申請者の最終的な研究目標は、江漢のほか、佐竹曙山、小田野直武、亜欧堂田善、安田雷洲らによる、いわゆる江戸系洋風画の、創作活動としての総体的解明と美術史上の位置づけにある。本調査研究の対象とする安永・天明期の江漢の画業は、銅版画や油彩画、あるいは日本の風景図といった、洋風画におけるある種の技法的、主題的定型が確立されていく胎動期にあたる。江漢その人の創作者像、そして江戸系洋風画の展開を探求する上で鍵となる重要なテーマであり、その実況の一層の解明を目指したい。研 究 者:横浜美術館 主席学芸員 猿 渡 紀代子美術作品はしばしば「西洋と日本」「新版画と創作版画」のように区分けされ閉じた体系の中で語られ、同じ文化圏の中でさえ文学・音楽・芸能といった他ジャンルを包摂した研究は少ないように思われる。そのためポール・ジャクレーのように画家自身がフランス・日本・アジアと関係をもち、作品成立の要因として浮世絵から義太夫、蝶のコレクションに至るまでの多面性を考慮しなければならない事例は、特殊個別的なものと見なされがちである。しかし、この特殊性の由来を解明することによって、グローバリゼーションと多文化共存が生き残る道となっている現代社会において、今後の美術がたどる方向性が示唆される可能性があるのではないかと考える。本年10月からグアム大学ミクロネシア地域研究センターで、文化人類学を専門とするルビンスタイン教授の企画で「南洋のポール・ジャクレー展」が開かれる予定であ⑭ フランス人浮世絵師ポール・ジャクレーの文化史的研究〈意義・価値〉〈構想〉
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