―46―研 究 者:東北大学大学院 文学研究科 博士課程後期 森 田 優 子一五世紀ヴェネツィアの物語画について理解を深めようとするとき、スクオーラというある種の組合に描かれた絵画連作を考察することは不可欠な作業である。ヴェネツィアのパラッツォ・ドゥカーレの火災によって多くの絵画連作が焼失し、ジョヴァンニ・ベッリーニ、カルパッチョらが描いた作品も、準備素描などから内容を想像するに留まっている。ヴェネツィア共和国による公の絵画表現がいかなる伝統上にあったかを知るに、スクオーラの連作が重要な鍵となる。なかでも、スクオーラ・グランデ・ディ・サン・ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタの聖十字架連作は、上記のパラッツォ・ドゥカーレの装飾に参加した、ベッリーニ、カルパッチョ、またマンスエーティ等、一五・一六世紀の物語画を考察するにあたって重要な画家が作品を描き、スクオーラ自体も規模が大きく、多くの会員を有している。このスクオーラの聖十字架連作を考察することにより、スクオーラのために描かれた連作の表現と社会との関わりを考える重要な手がかりが得られる。この聖十字架連作の主題は、聖遺物がヴェネツィアで起こしたとされる奇跡のエピソードである。作中では実際のサン・マルコ広場が表されたり、反対に、実際には存在しなかったセッティングが描かれるなど虚実入り混じった表現がある。なかでもヴェネツィアの実際の街を切り取ったかのような場面は、街自体を称揚しているかのごとく感じられ、これはヴェネツィアに運ばれてきた聖遺物ゆえの表現だったのではないかと考えられる。ヴェネツィアでは聖遺物が非常に熱心に収集されており、聖遺物の獲得に励むような公布がでる場合さえもあった。この収集熱はローマのように都市誕生神話をヴェネツィアが持たぬため、聖遺物によって都市の神話を形成し、正当性を作り上げていくためであったと説明されてきた。してみると聖十字架連作は、ヴェネツィア共和国という共同体が持つ聖遺物蒐集の願望とその理由を映し出しているのではないかと考えられる。ゆえに本調査によって「第二のエルサレム」としてヴェネツィアをアピールし、また自らの正当性を確認し、伝統を形作っていくために、この時代の物語画が果たした役割について明らかにできるだろう。⑱ 一五・一六世紀ヴェネツィアの物語画研究
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