―66―D15世紀後半ヴェネツィアの祭壇画に関する事例研究 ―サン・ミケーレ・イン・イーゾラ聖堂由来ジョヴァンニ・ベッリーニ作品を中心に―研 究 者:東北大学大学院 文学研究科 助教 佐々木 千 佳本研究は、15世紀後半のサン・ミケーレ・イン・イーゾラ聖堂再建時の宗教的文脈と画家の初期の祭壇画委託の関連を調査することにより、以降継続するベッリーニの祭壇画制作の基礎的な事例研究となることを目指すものである。《キリスト復活》については、当初聖母子が描かれる予定が、祭壇が献呈され画家に作品が委託された折には、すでに《復活》の主題へ変更されていたことが契約書によって判明している。この理由はいまだ明らかにされておらず、注文主周辺と画家との関わりから再考することが求められる。先行研究では、祭壇画が置かれていたゾルツィ礼拝堂の南側窓からの実際の光の方向が画中でキリストが祝福し仰ぎ見る方向と一致するなどの画面上の工夫や、空へ昇天する優美なキリストの姿や奥行きのある風景描写が、画家の新しい様式の幕開けとともに説明されてきた。そのため、眠る兵士の姿勢の特異性や〈昇天〉図像を際立たせた描写等について、元々の設置環境における社会的・宗教的背景と図像の関係について十分に説明されてこなかった感が否めない。本研究では、聖堂を運営管理していた修道士、なかでも画家と交流があったベルナルディーノ・ガードロや、当時新しい聖堂の建設に尽力していた修道院長の思想が作品に反映されていることを『会則』を読み解くことで考察していきたい。昇天する復活のキリストが象徴的に描かれた本作品は、救済への道へと上昇していく、瞑想による祈祷の実践を促す装置の役割を持っていたのではないだろうか。キリストを尊ぶ戒律とカマルドリ会の精神が、新たに建造した聖堂の最初期の礼拝堂献呈の環境において示され、様々なモチーフに現れた可能性を考察していく。したがって、前述の主題変更理由に加え、〈復活〉定型図像からの逸脱部分については、宗教的環境と委託に際したネットワークの中で分析し、典礼との関連を調査することで、ベッリーニならびにヴェネツィアの画家達の祭壇画制作のモデルとなる最初期の具体例を示すことができると思われる。加えて、多様な宗派の委託を実現していく画家の制作環境の一側面に光を当て、同聖堂と修道院が担った文化的中心としての役割が美術史学の見地から明らかになると考える。
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