鹿島美術研究 年報第25号
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―79―Etymologiae』であることが文献学側から指摘されている。だが挿絵については、こ半に『ベスティアリウム』が派生している。現存するラテン語版『フィジオログス』、『ベスティアリウム』には、多数の挿絵入り写本があるが、挿絵については、上述のように分類されたテキスト系譜とは別の、挿絵サイクル自体の系譜を分析する必要があるだろう。最古の現存写本であり、オリジナルの挿絵に近いとされるカロリング朝期(9世紀)のラテン語版『フィジオログス』(Bern, Burgerbibliothek, lat. 318:以下ベルン本とする)では収録編数は26であったが、『ベスティアリウム』では40から70編強と、収録編数が倍加する。この増加部分の主な典拠は、セビリャのイシドルス(7世紀)が著した百科全書『語源の『語源』現存写本にはまったく挿絵は施されておらず、また本来『語源』に挿絵は付されていなかったことが確認されているため、『ベスティアリウム』挿絵の図像および挿絵サイクルが何処から継承されどのように形成されたものであるか、という問題は未着手のまま残されているのである。従って本研究では、両者の挿絵入り現存写本の挿絵をサイクル全体として概観しつつ調査・分析を進め、テキストと挿絵の系譜に齟齬が存在する『フィジオログス』から『ベスティアリウム』への発展プロセスを具体的に考察することを目的とする。古代末期の動植物図像が中世に継承され、同時代のキリスト教神学思想、民話、伝承を反映し自律的展開をみせるその変遷を辿る上で、特に挿絵サイクル全体を視野に入れた包括的調査は未だ進められていないことから、新たな視点から『ベスティアリウム』の特質を検証したい。またこのような考察は、ひいてはキリスト教美術における動物図像体系の形成史の再考という点でも大いに意義を持つものと言えるだろう。

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