―14―なる論文である。これが第15回鹿島美術財団賞に最もふさわしい論文として選考された理由である。優秀者には「とり違えられた肖像―足利義持の肖像制作と天空の地蔵菩薩―」の黒田智氏が選ばれた。すでに『中世肖像の文化史』というすぐれた業績を有する黒田氏だが、今回の研究助成を得て、足利義満と義持の肖像画がとり違えられるようになった謎に迫った。そのプロセスはスリルに満ち、斬新な着眼に高い評価が集まった。《西洋美術》落合桃子「フリードリヒ《四季》連作―画家の世界観からの検討―」ドイツ・ロマン派を代表する画家カスパー・ダヴィット・フリードリヒによるハンブルク美術館所蔵、7枚のセピア素描連作、通称「一日の時、四季、人生の諸段階」についての明解で精緻な研究報告であり、多彩な先行研究を踏まえつつ、同連作が「画家をめぐる世界観の表象である」との新解釈を提示している。まず《夜明けの海》の風景をはじめ、7枚で構成されるサイクルが旧約の天地創造に始まる地球生成の歴史のアナロジーであると洞察。四季図にはプッサンのそれと比較して、子供たち、若い男女、兵士と婦人、老年の男女が春、夏、秋、冬にそれぞれ登場しており、そこに人間の一生を見出している。さらに、サイクルを閉じる《洞窟の骸骨》、《礼拝する天使》が人間の死とその後の復活を祈念したものだと解釈する。こうした世界観は、魂の不滅と再生を告白した画家自身の書簡により裏付けられる一方、ナポレオンのドイツ支配と解放戦争という当時の政治上の変革期において、自由を希求する画家自身、さらにはドイツの時代精神の表明であると結論付けられる。その方法や思考にはいまだ研究の余地が残されているとはいえ、全体としては画期的で意義深い論考であり、財団賞に十分に値すると判断された。また優秀者の松原知生氏、「カラスとトスカーナ大公―シエナ、フォンテジュスタ聖堂《ペストの聖母》をめぐって―」は同聖堂所蔵、作者不詳のこの祭壇画に描かれた特異な図像、黒いカラスとライオンに着目し、前者がペストで病めるシエナ、後者が聖母マリアの下に座すコジモ1世の象徴であると解釈。両図像の対置のもとに、祭壇画が制作当時(1570年頃)のフィレンツェとその属国シエナに関してのイ(文責 河野元昭委員)
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