鹿島美術研究 年報第26号
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イタリア・ルネサンス時代の絵画技法に関する研究―64――セバスティアーノ・デル・ピオンボの石板画を中心に―研 究 者:慶応義塾大学大学院 文学研究科 後期博士課程国立新美術館 研究補佐員            小 林 明 子本研究は、セバスティアーノ・デル・ピオンボが制作した石板を支持体とする油彩画を調査対象とし、技法史におけるその歴史的意義を検証すると共に、油彩画の制作において、画家がカンヴァスではなく石板を採用した動機を明らかにすることを目的とする。薄く板状にした斑岩などの石を基底材とする油彩画は、とりわけ16世紀末から17世紀にかけて、イタリア各地で継続して制作された。セバスティアーノの作品は最初期の作例で、彼以降、ボローニャのアゴスティーノ・カラッチや、コジモ2世の庇護を受けたフィリッポ・ナポレターノらが積極的にこの技法を採用した。こうした石に描いた油彩画は、タブロー画としては希少な形態であり、実際のところ現存する作品も多くはないが、油彩画の技法と表現に対するこの時代に特有の関心を示すものとして注目に値する。しかしながら、この種の絵画に関しては個別研究が少ないばかりでなく、その技法や特性を網羅的に論じた研究も皆無に等しい。従って、石に描かれた油彩画を自立した絵画形態として取り上げ、理論と事例を照らし合わせながらその特性を明らかにする本研究の試みは、ルネサンス絵画の技法研究として大きな意味をもつと思われる。また、本研究が調査対象とするセバスティアーノ・デル・ピオンボは、ルネサンス美術の2大中心都市であるヴェネツィアとローマの絵画様式を吸収し、独特の個人様式を確立した重要な画家であるが、彼の活動と作品に関する研究は十分とは言い難い。その理由は、史料が不足していることに加え、ラファエッロやミケランジェロら同時代の著名な芸術家を中心とする美術史研究のなかで過小評価されてきたためと考えられる。だがその一方で、2008年にローマとベルリンで大規模な展覧会が開催されたことにより、今後の関心の高まりと研究の進展が期待される。こうした動向のなか、石板画家としてセバスティアーノの活動に着目し、その制作の背景と歴史的意義を明らかにすることを目指す本研究は、この画家の再評価を促す有効な端緒となるであろう。

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