― 37 ―⑮ 新古典主義美術における「神話的人間」の表象 ─プシュケとヘラクレス─研 究 者:東京学芸大学 教育学部 准教授 尾 関 幸フランス革命を牽引したのは三つの標語「自由」「平等」「友愛」であるが、そのうち前二者「自由」と「平等」は一体化した単身の擬人像として美術の図像に定着したが、「友愛」のみ政治的文脈とは切り離されて、ロマン主義期に孤立した図像群を形成した後、顧みられなくなったとされている。実際、二重肖像画の形をとるタイプの友情図はロマン主義時代に流行したが、ごく個人的な文脈で制作され、そのまま個人的な鑑賞の域を出ない作品と看做されたために美術史の中で孤立した現象となってきた。しかし、対象をロマン主義美術に限定せず、ルネサンスやバロック、新古典主義美術にまで広げるならば、「対となる二者」をモティーフとし、両者間の優劣あるいは対立を主題とする作品はキリスト教、異教を問わず広範な文学的典拠を伴って発見されるのであり、それが様々なヴァリエーションを伴った造形作品として結実しているのが確認されるのである。本研究は、その中でも17世紀から18世紀の啓蒙主義期にかけて流行した「分かれ道のヘラクレス」および新古典主義美術に流行した「アモルとプシュケ」の二つの主題に着目して、古代神話の18世紀的解釈の特質を検証し、そこに潜む同時代的問題意識のあり方を解明することを目的としている。ヘラクレスとプシュケはともに半ば神的能力を授かり、人間が到達しうる限りの最高の域にまで高められた存在である。18世紀の美術家たちは、そうした理想的人間像の表象を通じて、逆に人間を超越した神々の世界との距離を意識し、「人間性とは何か」という普遍的問いに同時代的表現手段をもって応じたといえる。神的存在への合一を願う人間の心理が反映されているともいえる「プシュケ」と「ヘラクレス」。フランス革命前夜の美術におけるこれら二人の表象を追うことで、新古典主義美術を社会的文脈の中で再確認し、次世代のロマン主義美術との連続性の上に理解することが可能となる。その際、個人的な世界へ沈潜していった「友愛」という主題が、18世紀を通じて広範な形態言語から徐々に抽出されていく過程が明かされるであろう。
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