― 41 ―⑳ ポスト・バイヨン期彫刻と関連遺品の基礎資料集成研 究 者:奈良文化財研究所国際遺跡研究室 カンボジアプロジェクト担当派遣職員 佐 藤 由 似その意義:これまでの研究では、バイヨン期以降の美術を体系的に扱っておらず、殆どが断片的に遺跡・彫刻を紹介するにとどまっている。M. Giteau, Iconographie du Cambodge postangkorien, Paris: EFEO, 1975. がポスト・アンコール期の図像に関する唯一の研究であり、僅かではあるが西トップやプレア・ピトゥなどポスト・バイヨン期の遺跡に見られる図像も紹介している。しかし以後、バイヨン期以降の美術に関する論考は発表されていない。近年ポスト・バイヨン期の遺跡の発掘調査事例が徐々に増加し、少しずつ当期の様相が明らかになりつつある。そこで当期の彫刻遺品を博捜し、可能な限り客観的に記述した調書と記録写真からなるインヴェントリーを作成して公表する。これにより、当期の彫刻史研究にきわめて有用な基礎資料を提供することが期待できる。価値:ポスト・バイヨン期には宗教的・政治的に大きな変動が起こったと考えられている。バイヨン期にヒンドゥー教から大乗仏教へと宗教変革が行われた反動で、ポスト・バイヨン期に入った13世紀後半には仏教を廃絶しヒンドゥー教を復活させたと言われる。さらに14世紀頃には上座仏教を信仰するアユタヤ王朝がアンコールを侵略し、1431年頃にアンコール王朝は崩壊したと言われている。しかし前代までに比べ、碑文史料や建造物が激減することもあり、この時期に関する先行研究は実に乏しいものである。ところが、当期の寺院に特徴的に見られる触地印を結ぶ仏陀坐像など、他期とは異なった趣を呈す図像も多く、これらの図像を収集しインヴェントリー化することにより、バイヨン期以前の美術との差異を把握することが可能となる。また、バイヨン期〜ポスト・バイヨン期〜ポスト・アンコール期と続く美術的な流れを追究していく一助になると考えられる。さらに、タイに現存する同時代資料を併せて収録することにより、当期美術へのタイ影響を検討することが容易になり、この分野の研究者に画期的な貢献をするであろう。
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