― 42 ―㉑ ガンダーラの仏伝美術の研究 ─幼年・青年期を中心に─研 究 者:龍谷大学大学院 文学研究科 博士後期課程 上 枝 いづみ本研究の目的は、ガンダーラの仏伝図にみられる太子時代の表現、特に「競技」の場面の図像的考察により、ガンダーラの仏伝美術におけるブッダ幼年・青年期の主題の具体的な配列状況と意味を明らかにすることにある。申請者が視点を置く「競技」の図像は今まで詳しい研究がなされていないが、当地で初めて図像化された点で仏伝美術史上、重要な位置にあり、また、ガンダーラに数多い主題を取り上げその意味を考察することで、当地の仏伝美術の制作背景の問題にも新たな手掛かりを提示できると考える。現在、世界中に分散するガンダーラ美術の遺例には未公刊や真贋の検討を要する例も少なくない。本研究ではまず、多数の未刊の作例を有するインドにて「競技」の作例を調査の上、欧州にて初期の発掘に携ったイギリス、組織的発掘を行ったフランスやイタリア隊により保管され、情報の正確な作例を比較実見し、より詳細な考察を目指す。調査資料をもとに、「競技」の場面を網羅した作例一覧を作成し、インド内部の作例も含め図像学的考察を行う。実際、「競技」の場面は、ガンダーラの仏伝展開の中でも具体的な順序が必ずしも明確ではないが、主要な「死象投擲」、「弓技」、「相撲」が連続した例も確認される。また、「婚約」に続く例も複数確認できる点から、当地では概ね青年期の「婚約」に際し、妃獲得への「競技」として表現されたとみられる。しかし関連文献では、「婚約」、或いは幼年期の「力比べ」に関連させる2種に大別され、「競技」の順序も異なる。よって造形表現と文献の連関の諸相も検討する。本研究の意義は、第1に、作例を網羅し整理すると共に、ガンダーラの仏伝図の考察に際し、インド古代初期美術の作例やヴェーダ等インド宗教文献との比較を中心に据えることで、ガンダーラの仏伝図におけるインド文化の諸相と、登場人物と配置の意味を新たに指摘する。そして第2に、文献使用に際しては、当地の図像的特徴が如何なる経典に如何に記されているか、その特徴的な記述を指摘することで、西暦150年頃、西北インドでの成立と指摘された仏伝『ラリタヴィスタラ』をはじめ近年進む梵文・初期漢訳経典の成立地、年代研究にも美術史の立場から貢献できると考える。これより従来のガンダーラ美術研究にも新たな方向性を提示できよう。
元のページ ../index.html#57