鹿島美術研究 年報第27号
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― 43 ―㉒ 初期フランドル絵画における「アウグストゥスの幻視」─その図像と機能の変容について─研 究 者:尾道大学、広島女学院大学、広島大学 非常勤講師  今 井 澄 子申請者は、これまで初期フランドル絵画の祈禱者像を研究対象に、図像分析や作品の機能の問題を中心に検討してきた。その成果のひとつは、ロヒール・ファン・デル・ウェイデンの《聖母子を描く聖ルカ》(ボストン美術館)において、聖ルカを装って描かれた画家ロヒールが、聖人の権威を借りつつ祈禱していることを示した点である(「ロヒール・ファン・デル・ウェイデン作《聖母子を描く聖ルカ》の革新性」『日仏美術学会会報』第26号、2006年)。このような表現は当時珍しくなく、注文主自身の姿が聖人に投影されたり、聖なる場面に注文主や関係者が登場したりする描写も増加していた。本調査研究で扱う「アウグストゥスの幻視」については、ロベール・カンパンの《太陽の聖母子》の構図が「アウグストゥスの幻視」を踏襲している点で関連性が認められる。だが、15世紀前半の段階では、アウグストゥスの図像のもつ効果を積極的に利用する意図は強くは見られない(「ロベール・カンパン作《太陽の聖母子》の図像系譜と成立背景をめぐって」『美術史』161冊、2006年)。本調査研究は、「アウグストゥスの幻視」図像を検討することで、図像選択の背景にある注文動機や社会状況を解明することを目的とするものである。その意義のひとつは、個々の作品分析を推し進め、その注文意図や機能をより明確にすることにある。特に、現在まであまり注目されることのなかったマイヤー・ファン・デルフ美術館所蔵の《アウグストゥスの幻視》(15世紀後半)に関しては、理解が進むことが期待される。第二に、本調査研究は、「アウグストゥスの幻視」の図像を通時的に検討することにより、15世紀前半のフランドル絵画においては宗教的文脈の強かった同図像が、15世紀後半以降には、祈禱者や注文主の権威を高める効果がより強くなっていくことを明らかにする点でも意義深い。それにより、「アウグストゥスの幻視」は、ロヒールの《聖母子を描く聖ルカ》のように、聖人や歴史上の人物の姿を利用するフランドルの絵画表現の一典型として位置づけられることになる。このような点でも、本調査研究は価値があると言えるだろう。

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