― 45 ―㉔ 全盛期黄表紙挿絵の画中モチーフに見られる文字情報についての考察研 究 者:お茶の水女子大学人間文化創成科学研究院 研究員 鶴 岡 明 美本研究は、拙稿「初期黄表紙挿絵の画中モチーフに見られる文字情報─現実とフィクションの交錯、および「機知」の表現─」(『武蔵野美術大学研究紀要』第40号(平成22年3月)に掲載予定)においてまとめた、初期黄表紙挿絵の画中モチーフに見られる文字情報についての研究の成果を前提として進められることとなる。すなわち、初期黄表紙における文字情報の特質二点を掲げ、まず第一点として『金々先生栄華之夢』を始めとする恋川春町の挿絵に見られる、道標や看板といった文字情報を擁するモチーフが、現実とフィクションが交錯するおかしみを表すものとして繰り返し用いられていることを指摘した。また第二点として、江戸後期の出版界において重要な役割を果した山東京伝(絵師名北尾政演)がこの時期黄表紙作画を手がけ始めており、その出世作『御存知商売物』に最も顕著に表れている文字情報の特質、すなわち解読されることによって作者の諷刺、もじりの精神、あるいはキャラクターの本性や内心を読者に明かすこととなり、そこからストーリーの進行とはまた別に生じる笑いを読者に催させる機能を有する、いわば「機知に富む」文字情報を積極的に用いたことについて指摘するとともに、こうした諸作例の分析を通じて導き出された特質について、浮世絵一枚絵や洒落本といった周辺ジャンルとの比較も交え、考察を試みた。このようにして導き出された初期における諸特質が、『大悲千禄本』(芝全交作、北尾政演画、天明5年刊)、『江戸生艶気樺焼』(山東京伝作、北尾政演画、天明5年刊)などの代表作をはじめとする、より一層江戸の風俗を取り入れ、洒脱なユーモアを利かせた作風が目立つようになる全盛期黄表紙においていかなる展開を示すかということを明らかにすることができるという点に本研究の意義が認められる。黄表紙に限らず、読本や合巻をも含めた戯作文学の挿絵についての研究は、大久保純一氏も「ほとんど等閑に付してきたというのが実情であろう」と指摘するとおり(注1)、その膨大なイメージの量に対して、大部分が手つかずのまま残されているのが現状である。黄表紙挿絵については、鳥居清長や葛飾北斎といった著名画家の作例についての研究には進捗が見られるものの、挿絵全体の特質を把握する研究は今後の課題として残されている。こうした中で、申請者が研究の対象とする「文字情報」は、挿絵の全貌を通覧する切り口としてきわめて有効であると考えられる。画中モチーフ
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