鹿島美術研究 年報第27号
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― 54 ―㉝ マルグリット・ドルレアンの時祷書における植物装飾の創意源泉考察研 究 者:帝塚山学院大学 非常勤講師  田 辺 めぐみ西洋中世芸術において画一的な様式を保持していた植物文様が、15世紀初頭に描写植物種の多様化及び各種植物の写実的描写法をもって大きな発展を遂げた事は、従来画家が自然の再現化に意識的になった結果と見なされてきた。しかしながら、マルグリット・ドルレアンの時祷書余白部分を装飾する植物の中に、当時の植物相と一致しないもの、他植物との混同、或いは極度な歪曲によって形態判別困難なものが幾つか認められるという事実を考慮すれば、画家が植物の異なるモデルからインスピレーションを得ていた事を推測させる。このような所見は、自ずと我々の関心を画家の植物装飾着想源の再検討へと向かわせるのである。このような考察において、最も考慮されるべき点である平信徒向けの祈祷書として中世末期に多く制作された時祷書は、写本注文主及びその所有者の意向に著しく対応したものであることで知られている。本研究対象であるマルグリット・ドルレアンの時祷書もまた、写本所有者の肖像画、紋章はもとより、当時の生活を彷彿させる数々の情景描写によってその影響力を明示する。フランス語でマルグリットという名称をもつ雛菊の頻繁な挿入によって、同名の写本所有者との関連性がE. KONIGの研究において既に指摘されているが、その他の植物種に対して同様の問題が言及される事は無かった。しかしながら当該写本に認められる多類の地中海特有の植物の存在は、マルグリット・ドルレアンの母、ヴァレンティン・ヴィスコンティがミラノ出身であり、その夫ルイと供に膨大な写本を所蔵していた事実との関連性を喚起すると供に、娘に寄与された彼らの蔵書が、画家の植物装飾着想源泉となった可能性を考察することを促すのである。本研究において、従来指摘されることのなかった、写本所有者と画家との間接的な影響関係のあり方を植物装飾の考察をとおして指摘する事により、写本研究の新たな視座を提示したい。

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