― 65 ―㊹ 池大雅の潚湘八景図研究 ─織り込まれた四季の意味─研 究 者:出光美術館 学芸員 出 光 佐千子本研究の意義は、まず、文人画研究において作品数の少なさからあまり関心を持たれてこなかった潚湘八景図に着目したことで、黄檗宗の文化圏にいて常に中国からの新しい情報を得ることができた大雅の独創性の一面に光をあてることができることである。従来は、八景図の歴史研究の上に立ち、江戸時代に流行した特定の潚湘八景詩が大雅にどのように影響を及ぼしているのかが指摘されてきたが、大雅の四季山水図の中で四季を表わすモチーフとして何故八景が描かれてきたかについては解明されていない。しかし、大雅研究の視点に立つと、大雅が接した可能性のある中国・明清時代の四季山水画に、大雅の八景モチーフの発想となった図様が散見されるのである。第二の意義としては、潚湘八景図の主題が、大雅の弟子・桑山玉洲が提唱し、大雅が最も重視した「真景」(特定の場所の写生に基づいた山水画)の表現の追求上で、大雅にとって重要な山水画の主題であったことを明らかにできることである。「真景」を描くことは、大雅の山水画の発展や成熟を助ける上で重要とされ、大雅の弟子筋に大いに影響を与えた。一般に潚湘八景図は各幅に一景ずつ描かれるのが普通であるが、大雅は屏風の四季山水画の中に、しかも真景図のように臨場感あふれる構図として構成した。「真景」の表現は、大雅の内では、実際に見ることの叶わなかった中国の名勝・瀟湘八景の主題においても追求されている可能性がある。この二点によって、和様化として語られてきた大雅の八景が、中国通としての大雅の一側面のうちに位置づけられることは大いに価値のあることと考える。さらに、本研究は、江戸中期の文人画を東アジア文化圏の中で捉えなおすという構想に基づいている。文人画を中国絵画や中国詩と比較する中で、伝統的な日本絵画から逸脱している彼らの図様が、江戸時代に流行した特定の詩によるものというだけではなく、彼らのパトロンであった好事家たちと漢学の高い知識を共有する中で生まれてきたことを明らかにする。作品を中心に見えてくる、文人サークルによる鑑賞形態に光をあてる、社会受容史の上からも重要な研究である。
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