鹿島美術研究 年報第27号
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― 72 ―■ 画家ポール・ゴーギャンにおけるnostalgia表象と自己存在をnostalgiaの観点から新たに考察することを目的とする。調査・分析することにより、英国におけるジャポニスムの一端を明らかにすることを目的としている。研 究 者:立命館大学大学院 社会学研究科 博士後期課程  住 田 翔 子本研究は、19世紀フランスの画家ポール・ゴーギャンの芸術及びゴーギャンその人これまでゴーギャンに関して、時代区分、手法的観点から考察がなされてきた。ゴーギャンはその生涯の後年に南太平洋のタヒチで制作活動を行っているが、この点から、西洋美術に非西洋の「プリミティヴ」な対象を先駆的に採用したと評するロバート・ゴールドウォーターやカーク・ヴァーネドーらの20世紀プリミティヴィズム研究がある。また幼年時代を南米ペルーで過ごしたことを受け、南洋タヒチへの旅は幼年期への回帰と見なす研究もある。次に、タヒチ滞在以前のゴーギャンを考察するものとして、フランス・ブルターニュ滞在を取り上げる研究がある。ブルターニュの芸術家村ポン=タヴァンで制作を行ったゴーギャンを、同時期に集っていたポン=タヴァン派との関連で考察するウラジスロワ・ヤヴォルスカ、ドニ・ドュローシュらの研究が代表的である。また、ブルターニュがパリのブルジョワジーに魅力的地方として知られた点を背景に考察したフレッド・オートンとグリゼルダ・ポロックの共同研究もある。さらに、ゴーギャン絵画の物語、対象の意味を分析する象徴主義研究がある。しかしながらこれら研究で、タヒチ時代への視点がそれ以前のゴーギャンの画業より重視されている点、部分的考察に留まり全体像を把握できない点は、ゴーギャンの芸術とその人を総合的に考える上で問題が残るといえる。したがって本研究は、ゴーギャンの人となり、芸術作品と書簡、随筆などにおけるゴーギャンの表現と思想、そして19世紀フランス社会の動向という大きく3つの視点を関連させながら、ゴーギャンの総合的な姿を捉えようとする点に意義があるといえる。さらに、ブルターニュからタヒチへというゴーギャンの足取りの背景に、野蛮、あるいはプリミティヴへの憧憬を超え、nostalgiaの存在を見出し、それこそがゴーギャン及びその芸術に必要不可欠であったと示しうる点に価値があろう。

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