氏は文字情報と画像情報の齟齬と呼ぶ興味深い論証法により、写生図と書き入れられた文字とのあいだに見られる矛盾を摘出し、結論への実証とすることに成功している。もちろん文字情報は他にも巧みに利用されている。例えば、円満院門主祐常による『萬誌』や、植松家に伝わった文書、あるいは写生図に捺される「円山氏図書記」の引用と分析が、何と見事に行なわれていることだろうか。これらの援護射撃がなかったとしたら、この研究の実証性がこれほど高まることはなかったであろう。最後に、応挙および円山派の写生について新鮮にして説得性豊かな結論が提示されている点である。円山派において、写生図も粉本として浸透し、継承されていったと加藤氏は結論づけるのだが、さらに視覚の秘密にまで考究が深められている。写生図を含む粉本模写によって学習するのは、「対象をいかに描くか」という技術だけではなく、「対象をいかに見るか」という視覚である。それまでの写生図では視点の移動が見られるが、応挙においては固定視点による合理的形態把握が行なわれており、弟子たちはそれを基礎訓練として身に付けたのだ─この結論に反論を加えることは不可能に近い。もちろん応挙写生図の粉本的性格が、これまで全く指摘されてこなかったわけではない。しかし加藤氏は、上述のごとく、この問題に対して研究上の一大飛躍をもたらしたものと称えることができる。以上が財団賞にもっともふさわしい研究とされた理由である。また、優秀者の竹内氏は、大正から昭和に移る1920年代に照明を当て、日本のポスターにみられる劇的な変化を考察した。それまで主流であったいわゆる美人画ポスターから、現代的なメディアとしてのポスターへと、大きく舵を切ったのである。竹内氏は20年代初頭の「ポスターの刺激」と、ポスターの理想とされた「単化」という語に注目する。そして日本初のポスター図集や文献記事の調査を精力的に進め、黎明期におけるわが国の広告表現の実態をはじめて明らかにしたのである。優秀者に値する、すぐれた研究者として高く評価された所以である。《西洋美術部門》財団賞 佐々木千佳「 伝統主題の変容─《キリストの復活》(ヴェネツィア、― 15 ―(文責:河野元昭委員)
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