鹿島美術研究 年報第28号
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 2.ヴィルヘルム・ハマスホイの室内画における芸術的展開    ―イェーテボリ美術館所蔵《室内》を中心に― 発表者:山口県立美術館 学芸員 萬 屋 健 司しかしながら、同書の記述は絵画に描かれている場所や作風の微妙な変化、そしてブラムスン自身の記憶をもとに、大まかに素描されたものであり、正確な記録とは言い難い。実際にヴァズは、ハマスホイの経歴に関するブラムスンの記述に誤謬があることを明らかにした。さらに1980年代以降に開催された回顧展では、複数の作品に関して、ブラムスンの記述に端を発する従来の制作年に誤りが指摘されている。その一方で、制作年が訂正された作品は、当然のことながら、展覧会出品作品に限られており、ブラムスンの記述の精度を包括的に検証する試みは今日までなされていない。こうした状況を踏まえて、発表者はコペンハーゲンで調査を行い、その結果をもとに、ブラムスンのカタログをはじめとする先行研究を批判的に検証し、新たに数点の作品について従来の制作年に訂正を加えた。本研究による訂正前と訂正後の制作年は、多くの作例で約1年から2年と僅かなものではある。しかしながら、それらのなかには現在ヨーロッパ、アメリカの美術館に所蔵されている作品も含まれており、本発表ではイェーテボリ美術館所蔵《室内》を取りあげ、詳しく論じる。従来1893年とされてきた《室内》の制作年が、実際には「室内画の画家」として知られるヴィルヘルム・ハマスホイ(Vilhelm Hammershøi 1864−1916)は、1930年代はじめ頃からおよそ50年の間、国際的な美術史記述から姿を消していた。ハマスホイの母国デンマークにおいても、画家に関する研究のほとんどは、この「忘却の半世紀」の前後の期間のものである。なかでも、1918年に画家のパトロンであったアルフレズ・ブラムスンが執筆した伝記と作品カタログは、今日においてもその重要性を失っていない。最初の、そして最も包括的なハマスホイの作品カタログである同書は、1980年代以前に画家に注目した唯一の人物であるポウル・ヴァズをはじめとして、ハマスホイ研究者の多くが作品データの拠り所としてきた。とりわけ個々の作品の制作年に関しては、これまで基本的にブラムスンのカタログが参照され、多くの場合、その記述が繰り返し採用されてきた。― 19 ―

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