3.円山応挙の写生図に関する調査研究―応挙写生図粉本化の意義― 発表者:東京藝術大学 美術学部 教育研究助手 加 藤 弘 子1899年であったことを明らかにし、これまで学術的な研究が等閑に付されてきた1890年代のハマスホイの芸術的展開について考察を掘り下げる。さらにハマスホイ独特の室内画が形成される過程を分析することによって、画家の生前から繰り返し言及されながらも表層的な類似の指摘に留まっていた、画家と17世紀オランダ美術との関係について新たな視点を提供する。要と考えられている。今回の助成によって、応挙自筆の一次写生図を含む「写生図冊」1冊(個人蔵)をはじめとして、一次写生図を整理した浄書とされる「写生図巻甲・乙」2巻(株式会社千總蔵、重要文化財、以下「千總本」と表記)、「写生帖甲・乙・丙・丁」4帖(東京国立博物館蔵、以下「東博本」と表記)、「昆虫・筍写生図」1幅(三井記念美術館蔵、以下「三井本」と表記)、「写生図貼交屏風」1隻(個人蔵)、そして、模写図を含む在外作品として筆者不詳「鳥類写生図」1巻(ケルン東洋美術館蔵)などを対象に、共通図の比較によって写生図同士の関係を探る研究を進めてきた。本発表では関連する先行研究を概観した上で、一例として千總本乙、東博本乙、三井本の共通図である「昆虫・筍図」をとりあげ、書き入れの文字情報の比較とともに、実際の昆虫や植物など写されたモチーフが備える図像情報(形体・色彩情報)を基準として図の比較を行う。写生図の原図が実際に対象を見て写された「対看写生」であったとするならば、そのモチーフが本来備えている形体・色彩情報は転写を繰り返す中で変換されながら継承されており、その違いを比較分析することは、原図から世に写生画の祖・円山応挙(1733−1795)の筆とされる写生図は少なくない。しかし現在、応挙筆あるいは伝応挙筆とされている写生図の中には、応挙自身が実物を前に写したいわゆる一次写生図だけではなく、応挙が他の写生図や粉本を模写したもの、さらには、応挙以外の手になると思われる図も含まれているのが実情である。そうしたさまざまな写生図が一様に応挙筆として伝来しており、今後の十分な調査と研究が必― 20 ―
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