鹿島美術研究 年報第28号
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― 30 ―⑥ フレマールの画家の「聖三位一体/恩寵の御座」―その初期ネーデルラント絵画における意味と系譜―た経緯が興味深い。生人形の入手経路を辿ることによって、国家間の関係、海運業との結びつき、旅行ガイドブック等の情報のネットワークについても明らかにしていきたい。一般的に美術品や工芸品の購入の際には質や価格に多様性があり、購入者の嗜好や審美眼の影響を受けやすいが、生人形においてはその選択肢がより限られており、流通状況の検討材料としては均質的なものとみなせるのではないかと考えている。第三段階としては、博物館では物品を通じて異文化理解を促す展示が求められており、いかなる史観や理念によって日本コレクションの展示を計画し、可視化を進めたのか検証し、当時の日本理解の状況や問題点の一端を解明していきたい。さらに生人形の学術上の受容については、20世紀初頭の美術史学、民俗学等の学術が目指していた方法論および体系において、大衆文化である生人形を受け入れる基盤がなく、その対象に目をむけられることがなかったのではないか。これらの学術上の受容の背景を検証することによって、近代の学術によって排除されてきたものが浮かび上がってくるのではないかと考えられる。生人形が辿った時代と学術の連関を考察し、学術の時代性についても考察を重ねていきたいと考えている。研 究 者:東京藝術大学大学院 美術研究科 博士後期課程  鈴 木 伸 子本研究ではロベール・カンパン(1375−1444/1445年頃)と同一視されるフレマールの画家に帰属される「聖三位一体」のグループ、すなわち、多翼祭壇画の断片でありこの画家の基準作である《聖三位一体》(1430年頃、フランクフルト・アム・マイン、シュテーデル美術館)、フレマールの画家の失われた作品のコピーとされる二点─《聖三位一体と聖母子の二連画》(1430年代、ザンクト・ペテルブルグ、エルミタージュ美術館)、及び三連祭壇画の断片と推察される《聖三位一体》(1430年代、ルーヴェン、M)の三作品─を取り上げる。父なる神、子、精霊の三つの位格を表す「聖三位一体」はキリスト教の最重要教義であり早くから図像化されていたが、12世紀になると王座に坐した父なる神が子を抱く「恩寵の御座」が現れた。しかしながら三点の「聖三位一体」が「恩寵の御座」の伝統において特異な位置を占めるのはペヒト

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